新型コロナウイルスの社会への影響とアフターコロナの世界
公益財団法人流通経済研究所
主席研究員 折笠 俊輔
はじめに
新型コロナウイルス感染症の世界への蔓延は、人々に公衆衛生上の脅威を与えるだけではなく、人の移動と接触を制限することによる経済的な打撃をも与えている。感染症による直接的なダメージだけではなく2次的、3次的な影響も大きく、かつそれが世界規模で進行していることが非常に恐ろしい。
このコロナ禍と言われる世界的な事態は、世界の歴史に爪痕を残す規模の話であり、まさに我々は歴史の真っ只中にいると言っても過言ではないだろう。これだけの大きな災害は、人々の価値観と社会のありようを変化させる可能性がある。
よって、本稿では、少し大きな視点から新型コロナウイルスが社会にもたらしたインパクトと、アフターコロナの世界を展望してみたい。なお、あくまで本稿の議論は個人の思考であり、組織としての考え方ではない。少しでもこのコロナ禍という災害を人類が乗り越えていくことを考えるための参考資料となれば幸いである。
新型コロナウイルスの社会へのインパクト
中国の武漢から広がったと言われる新型コロナウイルスは数カ月で日本や韓国といった東アジアだけではなく、欧州、北米など世界各国に拡散した。物体を介して感染する可能性も示唆 i されるものの、このウイルスは人から人へ飛沫やエアロゾルによって感染が拡大すると言われている。皮肉なことに、世界は人を介して密接につながっていたことが新型コロナウイルスによって明確に示されたと言える。
そして、同時に国と国、人と人との分断をもたらしている。これは感染拡大を防止するための渡航制限や外出制限、人との接遇における距離の制約といった物理的な分断のみならず、心理的な分断も含む。当初は、物理的な分断が経済に大きなインパクトを与え、問題視されてきたが、世界中で外出制限や人との接触制限が続く中では、その物理的な分断によるストレスが心理的な分断をもたらすようになってきた。
例えば、子供たちは学校に行くことができず、友達に会うこともできず、満足に外で遊ぶこともままならない。そんな子供たちが家に居る中で、在宅勤務となった親が働く。もしかすると仕事の先行きが見えなかったり、無給になってしまっている場合もあるだろう。こうした状況では、家庭内でも心理的な分断が発生する可能性がある。実際に、新型コロナウイルスの影響でDVが増加している ii と警鐘が鳴らされている。
地域社会に目を向ければ、新型コロナウイルスの感染者やその家族などに対する差別や風評被害が発生している iii との報道もある。地域レベルでの人々の心理的な分断が発生しているのだ。
また、世界に目を向ければ、スラムなど密集して暮らさざるを得ない状況にいる人々もいれば、世界的な需要増によって価格が高騰したマスクを買えない人々もいる。先進国においても、新型コロナウイルスの影響で失業率が上昇 iv しており、経済格差が広がっていると考えられる。経済的な分断も発生していると言えるだろう。
以上のことから、我々は想像していた以上に社会とつながりながら、そして多くの人々と関わりながら生きてきたことが分かる。新型コロナウイルスの恐ろしさは、病気として身体に及ぼす影響だけではなく、こうした社会やコミュニティ、人々との分断をもたらす点にもある。この個人と社会との分断が飲食店等、サービス業をはじめとした接客を伴うビジネスの苦境の元凶となっている。
新型コロナウイルスの農と食、流通へのインパクト
ここでは、現在進行形の短期的なインパクトから考えてみたい。
既に発生している影響としては消費者の食の外食から中食、小売へのシフトである。これは外出自粛や外食店の営業自粛などを背景に、消費者の食事が家の中で行われることによって発生したものである。レストランやカフェ、居酒屋が苦境に立たされている一方で、スーパーマーケットや農産物直売所などは前年比プラスの売上 v となっている。
特に子供の学校が休校になったり、在宅勤務が増加したりしたこと、外出自粛による買い物機会を減らす意識によって、食料品を扱う店舗では大容量の商品の販売が増加している。おそらく、家庭内での調理機会も増加していることが想定される。
食に携わる事業者における影響では、観光産業の状況悪化が著しい。世界的な感染拡大によってインバウンド需要が見込めなくなるだけではなく、国内の外出・移動自粛によって完全に観光産業はストップしている。東京オリンピックの延期も決まり、それに向けて投資を行ってきた産業であるだけに非常に厳しい状況にあると言えるだろう。ホテル・旅館等の宿泊業は外食と並び、高級な食材を最も利用する業種であるため、こうした現状は、現在の国産和牛や高級魚の需要縮小と価格下落 vi に繋がっている。
農に携わる事業者における影響では、観光農園、飲食業向けの契約栽培などを行っている生産者には取引先の不振による発注量の減少など、直接的な影響が出ている。こうした生産者には販売先を小売り向け、加工向けに転換したり、市場出荷を行ったりといった対応が求められている。また、生産現場においては外国人労働者の雇用や、外国人研修生の受け入れに支障が出ている vii 状況である。加えて、イベントに加え、入学式や卒業式といった式典の中止や延期によって花卉の生産者も非常に苦しい状況 viii にあると聞いている。
しかし、暗いニュースばかりではない。外食産業では、少しでも売り上げの減少を食い止めるためにテイクアウトに活路を見出す動きが進んでおり、それに合わせて地域内事業者のテイクアウト情報を取りまとめた情報発信を自治体が行うなど、行政と一体となった取り組みもスタート ix している。自宅での食事機会の増大と調理機会の増加が継続していく中では、自宅における「料理疲れ」のような現象も起こることが想定されるため、これらの取り組みは効果的であると言えるだろう。
また、外食企業と通販企業の間で余剰となる生産物を融通する取り組み x などもスタートしている。実際に外出自粛に伴い、食品関連の購買チャネルとしてインターネット通販(以降、ECと記載)の活用は加速していると考えられる。販売先に困った生産者がECでの販売を活用することも十分に考えられる。
さらに、感染拡大防止のため、人と直接会うような接触は自粛となっていることから、むしろギフト需要が増大する可能性も考えられる。同様に観光に行けない分、地方の名産品を取り寄せて、自宅で食べるような消費も考えられるだろう。現在の制約条件を受け入れたうえで、それに対応した新しい取り組みが求められている。
実際に宮城県の漁業関係者から成る団体であるフィッシャーマン・ジャパンでは、地元で採れた魚を数kg単位で鮮魚BOXとして販売すると同時に、魚の捌き方教室をオンラインで開催するといった新たな取り組みをスタート xi させた。いくつかの外食産業向けの青果仲卸でも、一般消費者向けに通信販売やドライブスルー販売を行うなどの取り組み xii を開始したところもある。
新型コロナウイルス感染症の拡大で、人々の間に様々な粒度で分断が発生していることは先に述べたが、そのような状況の中で、クラウドファンディングなどを中心に、困っている生産者や事業者対する支援の輪が拡大していることも、ひとつの明るい光であろう。給食向けに余ってしまった食材の販売、余剰農産物の販売、外食産業向けの支援としての先払いシステムの誕生と利用 xiii など、助け合いの精神による支援活動が加速化している。これは分断に対抗する最も強力な、そして草の根からできる手段である。
アフターコロナの世界を展望する
短期的な影響につづき、最後に長期的なインパクトについて考えたい。長期的なインパクトは、すなわちアフターコロナの世界を展望することである。この世界的な災害は先述の通り、人々の価値観やライフスタイルを変革させる可能性がある。あくまで私見であるが、アフターコロナの世界を大きな視点で議論してみよう。
初めに言えることは、新型コロナウイルス感染症の拡大によってもたらされた分断が、社会的・政治的に新しい協調を生み出していくということである。人々は、この事態に直面し、いかに社会が自分の生活に密着し、必要であったのかを理解した。同時に、世界が多方面で繋がっているかも理解した。例えば、中国との人とモノの交流が断然した結果、観光産業や製造業のサプライチェーンに大きな影響が発生していることがその証左である。
さらに世界中の研究者や医療関係者は協力して、治療薬やワクチンの開発に取り組んでいる。失って初めて、大切であったことに気づく、とはよく言われることであるが、国家間、地域間、コミュニティ間の分断によって、それらの協調・連携・連帯の重要性が再認識されるだろう。アフターコロナの世界においては、なおさら「協調」や「連携」が重視されていくのは間違いない。先述した外食産業や生産者に対する人々の支援の動きもその一端としてとらえることができよう。
次に、価値観として「幸福」や「豊かさ」に重きが置かれていくことがあげられる。現代マーケティングの父と言われるフィリップ・コトラーは、The Consumer in the Age of Coronavirusというレポートを発表 xiv し、アフターコロナの世界では、反消費主義が台頭し、より多くの人々が仕事、家族、レジャーにおいて、より良いバランスを達成しようと努めるような新しい幸福追求型の消費志向が生まれると指摘している。
そして、その新しい消費志向が、社会主義的な要素を持った新しい資本主義の形を生み出すと言っている。確かに、この感染症の拡大は世界中で人々の働き方を変化させた。在宅勤務、テレワークが一気に加速し、仕事と家庭の在り方について考える契機となっている。消費者のマインドの変化も合わせて、新しい幸福追求の価値を踏まえた社会のあり方、経済のあり方が求められていくだろう。
そして、食と農においては、その価値が見直されていく可能性がある。自宅で調理を行う、食事を家族で囲む、免疫力を高めるために健康的な食生活を行うといった行動を人々が行うことは、食を見つめなおすことに他ならない。人々が、自分の健康と家族の健康のために、何よりも長生きするために、どういったものを、誰と、いつ、どうやって食べるのか、より関心が高まっていくことだろう。
さらに、今回のコロナ禍は我々に、自分たちの普段の生活がいかに脆いものであったのかを理解させるのに十分な出来事であると言える。ウイルスとの生存をかけた戦争ともいえる事態であるがゆえに、その先には、持続的な社会づくりや持続性を担保した開発への意識の高まりがあると考えられる。そのため、アフターコロナの世界では、協調と連携への意識の高まりも含めて、ますますSDGsのような取り組みが加速していくことが考えられる。
テクノロジーの面では、在宅勤務やテレワークの普及が契機となり、よりデジタル化、ICT化が進んでいくことが考えられる。人と人の新しい繋がり方、コミュニケーションとしてIT技術が大きな役割を果たしていくだろう。多くの通信会社やハードメーカーが孫と祖父母がTV電話でやり取りするようなTVコマーシャルを過去に出していたが、GWに「オンライン帰省」が政府から提唱される xv など、まさにそれが一般化する契機になっている。ビジネスの面でも、日常生活の面でも、アフターコロナの世界では、デジタル化が大きく前進していくことは間違いない。
こうしたデジタル化やテレワークの加速は、日本においては、大都市一極集中からの脱却、つまり地方分散社会の実現を加速化していくことが考えられる。コロナ禍によって、通勤電車の過密ぶりなど、現代の大都市の多くの課題が浮き彫りになった。さらに各都道府県の知事の存在感、活躍ぶり、地方行政の努力も明らかになった。その答えとして、地方都市の価値の再定義、地方分権の強化が進むことが想定される。
空き家対策や地方移住は以前より提唱されていたものの、働く場が不足していることなどを理由に大きく進展してこなかった。しかし、IT技術の発展やテレワークの普及によって、どこに居ても仕事はできることが社会に認知され、そして大都市の課題も明確になったアフターコロナの世界では、地方移住や地方都市の魅力の再発見が加速化していくだろう。
最後に、経営におけるテーマとして、柔軟性が重要であることが再認識されることがあげられる。今回の未曾有の事態において、多くの経営者は今までに経験したことのない事態への対応を迫られた。それは外食産業のテイクアウト対応といった業態変換であったり、製造業における既存ノウハウを転用した別商品の製造(例として衛生用品)といったライン変更であったりする。休業中の収益確保のために自社の従業員を他の企業へ出向させるような取り組みもしかり、である。こうした状況から、経営における「柔軟性」が重視されていくのは間違い無い。企業競争力の源泉として柔軟性が強く認知されるだろう。
さいごに
新型コロナウイルス感染症に対抗するため、それぞれの場所で奮闘されている皆様への尊敬と感謝を持って、そしていち早い事態の収束を願って本稿を締めさせていただく。我々も微力ながら、できることを確実に実施していきたい。
ご高覧、誠にありがとうございました。
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