「アグリ5.0に向けて〜越境する農業の現場から〜」の第2回目は新しい消費の形として、生産者と消費者をつなぐプラットフォームである”ポケットマルシェ”を取り上げたいと思います。
生産者と消費者をつなぐ新しい消費の形
シンプルに説明すると、”ポケットマルシェ”は生産者が自分の生産品に自分で価格を付けることができ、生産物に込めた想いや育成ストーリーを直接自分でシステムに登録できるサービスです。消費者は生産者が語るストーリーや想いを読み、その上で価格に納得したらその商品を生産者から直接買い、今度は消費者がシステムに買った生産物を食べた感想を入れることができます。
現在ポケットマルシェで約4,000人の生産者と約24万人の消費者が繋がっています。東日本大震災をきっかけに、都市と地方の生活が分断されていることに気づき、その分断が現代の人間の生活の様々な問題の原因であると考え、ポケットマルシェ社長の高橋博之さんはこのサービスを立ち上げました。高橋社長は「生産者と生活者はともにお互いの生活を支えるべきであり、それが本来の姿である」と説きます。
“あなた固有の生産プロセス”に、消費者がお金を払う
筆者は、ポケットマルシェ社への出資を検討してみないか?という同僚の声かけで初めてこのサービスに出会いました。御多分に洩れず、初めてWEBサイトを見たときは、野菜や魚を買うたびにいちいちやり取りしなければならないなんて、なんとも面倒くさそうなサービスだなあと思いました。
しかし、そのやり取りの本質が次第に見えてくると、そこには徐々に始まっている新しい消費の形があり、逆にこれからの世界において、こういった消費スタイルの方が主流になってくるんだという確信を持つに至りました。
例えばコンビニエンスストアで何か商品を買うとき、一体何に対してお金を払っているか考えたことはありますか。商品棚にある商品を手に取り、レジに持っていき、店員さんから商品を受け取るためにお金を払う。つまり、この時お金は商品の引換証という役割を果たしています。
一方で、ポケットマルシェで行われている「取引」は単に生産物とお金が交換されているわけではありません。生産者は消費者の食卓に対してある種の責任を持ち、消費者は商品に込められた生産者の工夫や想い、あるときは悔しさすらにもお金を払っています。
群馬県上野村でジャガイモやキクイモを生産する黒澤さんは、これを「自分が作ったものを、欲しがってくれる人に届けることが本来の経済」と表現します。新規就農者でもある黒澤さんは、ある時自分が「何のために野菜を作っているのか」がわからなくなったそうです。
しかし、ポケットマルシェで自分の生産過程を誠実にレポートし、それを買ってくれた消費者から反応があったとき、自分の農作業に”張り合い”が感じられたそうです。
この消費行動はもはやただの消費ではなく、投資です。顔が見えない誰かが作った、その時の「最高のもの」を買うためにお金を払うのではなく、たとえ今年は美味しくなくても、来年も”あなた”からもっと美味しい商品を買いたいから、“あなた固有の生産プロセス”に、消費者はお金を払っています。生産者は逆に、自分の役務に対するお金をもらっているだけでなく、”張り合い”という名の対価ももらっています。
東日本大震災から10年、"ゆかり"の大切さ
2021年、日本はあの東日本大震災から10年を迎えます。
「震災がなかったら、ポケットマルシェは生まれてなかった」と言う高橋社長は、去年から今年にかけて「REIWA47キャラバン」というタイトルで全国を回り、生産者、生活者と直接対話することを続けました。
「世の中に、生産者という名前の生産者も、消費者という名前の生活者も一人もいない。それぞれにはきちんと自分の名前があって、生活があって、愛する家族がいて、自分なりの悩みがある。都会のつるつるした合理的で便利な生活は、こういったものをすべてなくし、お互いを知らなくても経済が回る仕組みを作ってしまった」と言います。
東日本大震災の時、こんなことが実際にありました。
被災地となった東北のある地域と関東近辺のある地域が、以前から災害時における地域包括協定を結んでいました。震災後、関東近辺のその地域から、協定を結んだ地域に対し、「ぜひ自分たちの地域に疎開に来てほしい」と声をかけました。
しかし、結局ひとつの家族も疎開することはありませんでした。しばらくしてその理由を聞いたところ、「何もゆかりのない、会ったこともない方のところにいきなり世話になることはできない」と被災地の方々が感じていたということが分かったそうです。
なんだか農業とは全く関係ない話をしているようですが、ここに、ポケットマルシェが生産者と生活者に提供し、生産物の取引を通じて成立させている「地方と都会の関係性の構築」という本当の価値があります。
高橋社長は、「知ることからすべては始まる」と言います。ある漁師は、ひと月のうち20日以上、時化で漁に出られず、一匹の魚も出荷することができなかったそうです。都会のスーパーでは、そんな時も、毎日新鮮な魚がきちんと店頭に並びます。この差がなぜ埋まるのか考えることがとても大切だと、全国を回りながら熱く語ります。
農家はたんぼや畑で、漁師は漁場で、ただ「商品」を集めてきて出荷しているわけではないのです。自らが想いを込めて、全く思い通りにならない自然と協力して生み出したものを、自分たちではそれができない都会の生活者に届けているのです。
二人称の"あなた"から買う、投資的な意味合いを持つ"共感消費"
そんなことを考えながらポケットマルシェのサービスを利用していると、そんな消費がもっとあってもいいんじゃないかな、と感じます。
三人称の「誰か」が作った商品を機能や安さだけで選ぶのではなく、二人称の「あなた」からこの先もずっと継続してその商品を買い続けるために、消費ではなく生産者に投資をする。手間と時間を省くのではなく、これを価値ととらえ、人と人の間でこの価値を交換する人間同士の生々しいコミュニケーションに投資する。
株を買って、キャピタルゲインや配当を望む、錬金術としての投資活動をするのではなく、人の顔があり名前の付いた、固有の価値にお金を払う。こんな、非消費的な消費、投資的な意味合いを持つ共感消費がもっとあってもいいんじゃないかと思いました。もしかしたらこれが本当の持続可能性なのかもしれません。
商品スペックだけでは表せない、生産者と固有の生産プロセスも含めたその物がもつ価値。その価値を欲しがる人の手に、その価値が名前付きで届く、「本来の経済」が成立するポケットマルシェに、古いけれども最先端の世界を見た気がしました。
高橋社長は「2030年には都市と地方という言葉がなくなっている、消費者が生産活動にもっと入っていき、それぞれが人間の本来の生きる姿を取り戻すような世の中になっていたらうれしい」と言います。
自他ともに「変わり者」であると認める高橋社長が描く、そういった未来の姿に、多くの若者が共感し、行動を起こし始めています。今回の動画では、「REIWA47キャラバン」で一緒に生産者を訪ねた若者たちのインタビューも紹介しております。
また、今回、Breath TOKYO 謝チイさんにナレーションを担当していただきました。台湾と日本の食の文化交流を目指し取り組まれている謝さんも、この"共感消費"に魅せられたひとりです。"共感消費"という新しい消費の形は、都市と地方の越境にとどまらず、日本農業と他国の越境の可能性も秘めているといえるのではないでしょうか。
ぜひお時間のある時にご覧ください。
次号「アグリ5.0に向けて 〜越境する農業の現場〜」第3回では、農業をコンテンツととらえ教育改革に挑む、「アグリケーション」についてご紹介いたします。
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