(株式会社メディカル成果物研究所(デリカフーズグループ)取締役研究所長 有井雅幸(薬学博士))
本連載においては、野菜が持つ健康機能性や旬、消費者・実需者のニーズ、国産野菜の生産・加工・流通の現状等について、最新の研究・事例も交えて紹介していきます。
連載初回となる今回は、ポストコロナ時代の「スマート・フード・チェーン」について考察します。
1. はじめに
野菜に対する消費者ニーズは、安全・安心で、美味しく(鮮度高く)、健康に資することですが、特に「健康」は魅力ある価値として、新たな青果物需要を創造しうることが国内外で大きく期待されています。
そのためのサプライチェーン/バリューチェーン構築が喫緊の課題であると考えられていますが、ポストコロナ時代では、より迅速に・より的確に・より納得性の高い「スマート・フード・チェーン」の創設が求められています。
2. ポストコロナにおける野菜生産・加工・流通・消費の現状と課題
近年の天候不順の中でも、従来通り産地では野菜の生産が行なわれていましたが、国内外で発生したコロナによって、人と生産物の流れが大きく変化しました。産地では収穫・調整などの労働力の不足が一層問題化し、加工でも原料供給や作業における人員不足、さらに流通では3密を回避するために消費形態や構造が急速に転換しました。
生産・加工・流通・消費における人の移動や接触の抑制が叫ばれる中、サプライチェーンの全工程における省人化や無人化の必要性がクローズアップされ、また外食から中食・内食への消費転換に対する柔軟で機動的な生産対応の重要性が顕在化するとともに、安定供給を目指した野菜の貯蔵・保管に適した品種や品質保持技術の実効性が再評価されています。
従来からの認識と併せて具体的な課題として、圃場面性の拡大や集約による生産性向上や、省人化・機械化による労働力不足解消、全国レベルの産地リレーや収穫予測に基づいた気候変動対応、貯蔵ストックポイント整備促進による安定供給、野菜規格統一や荷姿簡素化、共同配送・自動配送による流通効率化などが挙げられます。
さらには、マーケットニーズへ的確に対応するための様々な商品開発(生鮮野菜やカット野菜、加熱野菜、冷凍野菜、乾燥野菜、粉末化、飲料・スムージー、調理キットなど)が必須です。
サプライチェーン全体が連携して、野菜の消費拡大と輸出促進を目指し、日本農業の活性化(生産振興と自給率向上)と、国民の健康維持・増進を追求することが達成すべきゴールですが、基本的には消費者や実需者からの野菜規格(形状・重量、外観)や品質(おいしさ、栄養価、健康機能性)に対するニーズを、迅速に・的確に把握し、適切に・臨機応変に対応できる仕組みづくりの重要性が再認識されています。
その中で最も重要な課題は、生産・流通・加工・消費におけるスマート・フード・チェーンを牽引する野菜品質評価指標の構築と運用であると考えられてきました。
3. 野菜に対する消費者/実需者のニーズ
厚生労働省は、国民的健康づくり運動である「第2次 健康日本21」を開始しました。少子高齢化・要介護者の増大を背景とした医療や介護などへの膨大な社会保障費を削減するため、「適切な食生活」等を推奨することで「国民の健康寿命を延ばす」ことを目的としています。特に、野菜不足が懸念される全ての世代に対して、家庭や外食などでプラス100g の野菜(合計1 日350g。内、緑黄色野菜120g)を食べることを推奨しています。
野菜ビジネスで最も重要なことは「ニーズに合致した付加価値の高い野菜を、必要な人・地域・国(輸出)に対して、それに見合った価格で生産・流通すること」ですが、我が国や先進諸国における野菜ニーズは「安全で」、「美味しく」、「健康によい」ことです。消費者/実需者にとって安全で美味しいは当たり前のことですが、特に、“健康”によい栄養価(ビタミン、ミネラル)と機能性成分(食物繊維、ポリフェノール、カロテノイドなど)に富んだ野菜であることが大切と考えられています。
4. 新たな価値創造を目指した野菜品質評価指標 〜デリカスコアを事例として〜
デリカフーズ・グループでは、形や色などの外観だけでなく中身に基づいた野菜評価を実現するために、十数年間にわたり野菜の中身評価を行い、指定野菜を含む各種国産野菜に関する数万検体の分析データを保有しています。
この国際的にも屈指のデータベースを駆使することで、国内外の産地で生産された野菜が、季節毎の国産野菜(全国平均値)と比較して、安全や美味しさ、栄養価、機能性に優れているかどうか、数値として見える化できるようになってきました。「旬の野菜」が美味しくて健康にも良いことを科学的に示すことができ、また同じ旬でも、土作りや栽培方法など圃場・産地によって中身が異なることもわかってきました。
そこで、消費者/実需者ニーズに基づき、野菜の中身評価を中心に、安全・栽培・流通等に関する19項目からなる新たな野菜評価基準「デリカスコア」を構築しました。
単なる野菜取引基ではなく、多様化する野菜ニーズを評価するツールとして、また、サプライチェーン全体の目線合せの物差しとして、更には、より付加価値の高い野菜生産を目指す取組み指標として、契約産地への導入を進めています。
<デリカスコア(安全)>
〜残留農薬、有害微生物、有害重金属、栽培履歴など〜
農産物の安全性は消費者の大きな関心事であり、生産者や加工・流通業者は、食品衛生法等に基づきその確保が義務付けられています。農薬はもとより、食中毒を引き起こすO-157 腸管出血性大腸菌やサルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、ノロウイルスなどにより農産物が汚染されることを防ぐとともに、水銀やヒ素、鉛、カドミウムなどの有害重金属に侵された土壌・培地での農産物栽培を避けることは必須です。
<デリカスコア(栽培)>
〜生産量・安定供給、土づくり・栽培技術、環境配慮〜
野菜生産は気象の影響を大きく受けるため、年間を通して安定的な供給量と価格を確保することが最重要課題です。また優れた農業技術(土づくり、栽培技術など)の継承が難しい近年、それらの課題を解決し、食に対する消費者ニーズの多様化にも対応して行くことが重要です。更に生産性を保持しながら持続的に農業を行っていくには、環境への配慮も欠かせません。
<デリカスコア(中身成分)>
〜糖度、ビタミンC、抗酸化力、硝酸イオン〜
「安全で、美味しく、健康に良い」との野菜に対する消費者ニーズに基づき、美味しさとして「糖度(Brix)や酸度」、栄養素として「ビタミンC やβカロテン」、機能性として「抗酸化(DPPH 法、ORAC法、ESR 法など)」、また施肥適切化の一つの指標として「硝酸イオン(硝酸態窒素)」を評価しています。
<デリカスコア(流通)> 〜鮮度、外観、品温/冷蔵施設・設備〜
野菜の鮮度保持・菌数管理に最も効果的な条件は低温を保ち湿度を下げないことですが、品目によっては低温や高湿度により障害(生理障害)を受ける野菜もあります。収穫後の鮮度を高く保持するためには、産地〜流通〜消費に至るすべての過程において、適切な温度/湿度管理が重要です。
5. おわりに
少子高齢化が進む日本において、すべての国民が歳を重ねても元気で過ごしていけるためには、運動や休養とともに、食が最も重要です。特に、美味しく栄養価の高い健康機能性に富んだ旬の野菜は、疲れた現代人の心身を癒す力に満ちています。
世界に誇る日本農業の技術は伝統と革新によって発展し、農業者の誠心によって支えられてきました。すべての関係者の知恵と情熱、努力と願いが結集して、作られ、配送され、加工・調理され、届けられた中身の優れた国産野菜。われわれ一人一人が、高い志しを持った農業生産者と、農業に係る全ての方々の応援団となることで、日本と日本人を創造し守ってきた先人達に感謝するとともに、希望に満ちた明るい未来を子供たちへ繋ぎたいと切望しています。
次回は、国産野菜流通の現状と課題について、読み解いていきます。
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