日本農業経営大学校は農林中央金庫が中心となり、JA全中、JA全農、JA共済連をはじめとする農業界や産業界のリーディングカンパニーの団体・企業の支援で2013年に開校した次世代を担う農業経営者と、地域農業のリーダーを育成する教育機関です。
本連載では全国各地で活躍する若き農業経営者である本校の卒業生をご紹介します。
かつて深刻な公害に苦しんだ街、水俣…そんな水俣だからこそ「美しい自然を後世に残したい」という強い思いを胸に、農山文康さんは父とともに自然の循環を意識した養豚業を営んでいます。
<プロフィール>
氏名:農山文康(日本農業経営大学校第4期生)
就農地:熊本県水俣市
経営内容:日本農業経営大学校を卒業後、両親が経営する養豚業に雇用就農。養豚部において豚の飼育を担当。実家は母豚300頭の一貫経営。養豚部門の他にレストラン部門(BBQハウス、ドイツ料理等)、加工・販売部門(食肉、ソーセージ等)、山林部門(約50ha)を有する。
父の想いを継いで
父は高校3年生の時に、周囲の反対を押し切り、豚10頭から始め、今の規模にまで拡大しました。自分は幼いころからそうして父が懸命に働く背中を見て育ちました。レストランの敷地の中には石で造った滝や展望台がありますが、それらも父の手作りです。
父は、山を育てるということに強い情熱を持っています。家畜の糞尿はたい肥化し、山を育てることに使います。養豚経営には水が非常に重要ですが、その水は全て山からの恵みである水を使っています。
父は「山を育てるために豚を飼う」と経営理念を持っており、自分の代では見ることができなくとも、将来の世代に立派な山を残したいというのが父の夢です。
自分も父のそういう想いに共感し、その想いを継いでいきたいと思っています。大学を卒業した後、養豚の技術的部分は実家の作業の中でも学べることから、経営的視点を学ぶことが必要だと思い、日本農業経営大学校に入学することにしました。
強まった自然の循環への想い
今でこそマスコミではSDGsが毎日のように取り上げられていますが、当時はほとんど話題になっていなかったように思います。その時に日本農業経営大学校の授業ではSDGsをしっかり取り上げており、今振り返ると進んだ授業が行われていたのだな、と思っています。自分の目指す養豚経営もSDGsという枠組みに位置づけられるものだと思いました。
学校では特別講義として農業界にとどまらず、各界の著名な方を招いて講演いただく機会があり、多くの方の話が印象に残っています。なかでもある講演者の方とお話をして、自分の目指している養豚経営について「水俣だからこそ、その取り組みには大きな意義がある」と言っていただいたことが印象に残っており、自分の想いを強くしました。
入学後、獣医さんが経営する養豚場で研修を積んでいたのですが、そこの農場長から「豚に優しくしてね」と声をかけられました。自分はもともと女兄弟の中で育ち、あまり荒っぽいところはないのですが、農場長のそうした優しさから、改めて「アニマルウェルフェア」の考え方を学びました。
こうして2年間の東京での学びは自分の考えていた経営を様々な側面から補強してくれるとともに、多くの人との出会いももたらしてくれました。レストランの経営を学ぶため、休日はレストランで働いていましたが、その時の料理人の方々は今でもずっと気にかけてくれて、連絡をくれています。
寮で夜遅くまで議論を戦わせた同窓生たちとは今でも大変親しく付き合っています。特に九州は卒業生が多く、年次を超えて集まる機会も多くあります。
最大の課題は労働力の確保
卒業後は実家の養豚部に所属し、ずっと豚の飼育に従事してきました。飼料の配合などまだまだ勉強が必要な部分もありますが、3年間の経験で、飼育の技術的な面に関してはほぼマスターしたと思っています。父は基本的に豚舎に入ってくることはなく、細かい豚舎の修理などは全て自分の判断で行っています。
休日は祖母が耕作できなくなった畑の作業を行い、また繁忙期には姉たちが担当しているレストランや直売場の手伝い、催しものへの参加など、ほぼ休みなく働いています。
実際に経営に参加してみて、一番の課題だと感じるのはやはり労働力の不足です。特に自分の農場はかなりの山奥にあり、近くに大学などもないことからアルバイトを雇うこともできません。研修生を受け入れるには宿舎の建築も必要になるなど、いろいろな課題もあります。
そうした労働力確保の観点からも、今必要だと考えているのは豚舎の増設です。それが実現すればスリーセブン方式(3週間分の母豚を1週間にまとめて交配・分娩・離乳させる方式で作業の集中化により休みが確保できる等のメリットが生ずる)の導入による休暇が取得しやすくなるなどの労働条件の改善、豚の飼養環境の改善も可能となります。
共感を得ることの大切さ
自然の循環、アニマルウェルフェアを重視した経営は今後の大きな方針であり、山への還元を考えた場合、現在の母豚300頭というのが最適だと考えています。したがってむやみに規模拡大だけを追求するつもりはありませんし、地域や地球にとって最適な経営規模で経営を行っていきたいと考えています。
山との循環として、豚舎の敷料に一部、鋸屑を使っています。今年に入り山の間伐材を使って、鋸屑の製造を開始しました。今後はさらに堆肥化、そしてチップ化しバイオマス発電なども考えてみたいと思っています。
また有機肥料で栽培している野菜のレストランでの利用もやってみたいことです。
学校で学んだ大きなことの一つに、自分の夢、ビジョンを周りの人にしっかり伝えることの大切さという点があります。自分も、今考えている経営の在り方をしっかり発信し、周囲の共感を得ていくことが大事だと考えています。
- 高度な農業経営者教育を提供する日本農業経営大学校-
次世代を担う農業経営者であり地域のリーダーとなる人材の育成を目指し、2年間・全寮制教育により少数精鋭の経営者教育を行います。
本校は、平成25年4月に開校し、定員20名を対象に全国から意欲のある学生を募集し、「経営力」、「農業力」、「社会力」、「人間力」の4つの力を、講義・演習(ゼミナール)や現地実習(農業、企業)、寮生活を含めた幅広い活動を通じてバランス良く育み、将来の事業計画を確立します。
アグリフューチャージャパン会員ネットワークを通じて、産業界・農業界・学界等多方面の講義・実習の展開や、卒業後のネットワークづくりなどをはかれることが、本校の大きな特徴です。
■ 詳しくは、本校のホームページをご覧ください。
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