新『アグリ5.0に向けて』第二回では、自治体主導の地域活性化施策として農業に着目し、作物をその地域の名産化することで、村の外から対価を獲得する仕組みにしようとしている、山形県戸沢村の取り組みをご紹介したいと思います。
ひとつでも多くの成功事例を作るために
全国1700以上ある自治体では、様々なアプローチで地域活性の施策が講じられています。補助金や助成金を用意して公示を出し、何とか民間を巻き込みながら将来的に税金を投入しないでも自走化するモデルを作ろうと腐心しています。
一方で、残念ながら“補助金が切れたら取り組みも終わる”、“助成金ありきの取り組み”となってしまうことも多く聞かれます。
この種の話にはきっと正解があるわけではなく、様々な環境や歴史、地域特有の事情や作法などが複雑に絡み合い、ある地域の成功事例をまねれば他でもうまくとは決してならないということが、成功事例がなかなか広がっていかない背景にあるのではないかと考えられます。
そこで今回は、上から目線で成功事例を紹介するのではなく、“ある地域はこんなやり方で農業を起点に地域活性にチャレンジしている”といういい意味での特殊事例として、少しでも読んでくださっている方々の参考にできる部分があればいいな、と思って書いてみようと思います。
自治体も越境する時代
それは、戸沢村長の青森視察から始まりました。
視察の際、青森の山奥でパプリカが栽培されていることを見た当時の村長が、そのような日照状況が悪いエリアでもパプリカが育てられるのであれば、きっと山形でも十分育てられるのではないかと考えました。
村に帰った村長はすぐ、産業振興課の担当課長補佐に「戸沢村でパプリカ産業を興すことにトライしなさい」と指示を出し、その指示が当時の主査だった、阿部和雄さんに降りてきたそうです。
村内の農家の離農、高齢化、米の減反など多くの課題に取り組んでいた阿部さんは、この指示を受け、普段から解決策を模索していたこれら顕在化している課題と合わせてパプリカ生産に取り組むことはできないかと考えました。
生産から販売まで責任をもって関わる覚悟
まず着手したのが「将来的な担い手の選定」です。それまでも村ではいろんな農業改革に取り組んできましたが、そのほとんどが失敗していました。
せっかくコトを興しても、長く続かないのであればまた同じことの繰り返しになる。誰も取り組んだことがないテーマに一緒に取り組んでくれる農家さんを見定め、足しげく彼らの圃場に通い、熱をもって「一緒にパプリカを生産しないか」と自ら口説いて回ったそうです。
こういった活動をしながら阿部さんは、「農家だけではわからないことだらけだ。行政が主導して、農家に新しいチャレンジをさせる以上、責任をもって生産から販売まですべてに関わろう」と覚悟を決めていきます。
生産する種苗を選定するだけでも、相談してはダメの繰り返し。最終的には、オランダ産エンザという会社の種を3社目に相談した事業者で育苗してもらう形で成立します。
越境する自治体職員
次にテーマとなったのが、「どこでやるか」、「どうやるか」でした。その当時、パプリカ生産をしている生産者が地元にほとんどいなかったため、パプリカの苗の生産業者と掛け合い、パプリカの育成に詳しい担当者を農家に出向してもらい、営農指導をしてもらう仕組みを作りました。
また、それまで稲の育苗を行っていたビニールハウスをパプリカ栽培用のハウスに改修し、場所を確保。行政主導で生産組合を組成し、必要に応じて村からも予算を用意し、自らが口説いた担い手支援を行ったそうです。
1年目にうまくいった栽培も、2年目には青枯れが出て失敗。そういった困難も、生産者と一緒に勉強会を企画し、他県の生産地に視察を実施するなどの取り組みも行いました。
次に取り組んだのは販路の開拓でした。“せっかく作っても売れなければ続かない”との一心で、都心の事業者とも積極的にコミュニケーションを取り、「肉厚で甘く、大きい」戸沢村のパプリカを、熱意をもって売り込んだそうです。
信用力で利害関係者をうまく結びつける
阿部さんは「自治体の人間は民間の人間よりも信用力があるため、むしろ動きやすいと考えている」と言います。
確かに筆者も地方での仕事を進める中で、常に直面するのが、はじめてお会いする相手からの“この人なにしようとしてるんだ?”、“どの部分のお金を横取りしようという話なんだ?”という疑念の眼差しです。
自治体の職員ならば元来「自分たちが稼ぐ」という機能を持っていないため、この部分の疑念を持たれることは無く、より早く課題の本質にたどり着くことができます。複数のステークホルダーの利害関係をうまく結びつけることもできます。
さらに、阿部さんは産業振興課に所属する前、長い間財務セクションに在籍しており、村の財政やお金の出納に関して詳しかったというのも、困難なミッションを達成するための、仕組みつくりと運用がうまくいった理由なんだと思います。
プロの地域プロデューサー
いま国は、地域活性のためにプロデューサーが必要だと言っています。内閣府はクールジャパン戦略の中で地域プロデューサーを、総務省は地域力創造アドバイザーを、経産省は地域資源活用プロデューサーをWEBサイト上でリスト化し、各地域に活用してもらおうとしています。
阿部さんの活躍の歴史を伺っていると、阿部さんこそ、本物の地域プロデューサーなのであると感じました。
課題解決のために自らのスキルと経験を活かし、ヒト/モノ/カネの全体をデザインする。
大きなバリューチェーンの中で一部分を担う「箱」を作るだけではなく、全体をつなぎ生産物とお金が「動き続ける」ことにエネルギーを使う。
しかも自治体の肩書を上手に使い、自治体の枠を飛び越えてどんな人とも話を進める。もちろん進めていく中で、苦労もたくさんあったと言います。
出荷先を組み付けるにあたり、規格や生産量、収益計画が合わないという理由で断ってくる相手と粘り強く交渉して取引を成立したこともありました。
稲作とパプリカの収穫と時期が重なり、人手が足りず、選果や仕分けができないときは、様々な大きさのパプリカをセットにして売る個数売りを企画し、販売支援しました。
村長や同僚から、“そこまではやりすぎだ”、“阿部さんにしかできないことをやって、誰が引き継ぐんだ”という非難も多く受けたそうです。
しかし阿部さんは、「農家は自分が口説き、自分がまきこみ、自分を信用してくれた。ハウスを建てる数百万の投資をし、一緒に勝負してくれた。そんな彼らを裏切ること、見捨てることはできない」、そんな強い想いでそういった逆風を乗り越えて行ったそうです。
かたくなさと柔軟さの絶妙なバランス
阿部さんのお話を聞いていて、この方はとても頑固な方なんだなあと思いました。一方で、その頑固で熱い想いを実現するために、とびぬけた柔軟性を発揮している方でもあります
これまでの農家は世襲が前提で続いてきた。しかし、農業を続けるということにこだわるのであれば、担い手も作物も柔軟に変えていき、自分たちに閉じるのではなくどんどん外部ともつながっていく。その絶妙なバランスが、この戸沢のパプリカ物語を支えているのだと思います。
担い手を支える側も、きちんと引き継ぐ
阿部さんの役割と想いはいま、まちづくり課の齋藤祥太さんにきちんと引き継がれています。
齋藤さんは農業支援という役割だけでなく、まちづくり課として、農業を起点に観光にまでその価値を広げ、阿部さんのまねをするわけではなく、齋藤さんなりのやり方で、地元の方にかわいがられ、阿部さんと違った形で信頼されています。
村の農業を継続するために情報と人をつなげた前任の阿部さんから、その信念と熱い想いを引き継ぎ、今度は農業を他の分野や人とつなげようとしています。
生産者に負担をかけないことを意図し、仕分けをしない個数売りの規格を作った阿部さんのように、規格外のパプリカも収入に繋げようと、生産者と組んでパプリカパウダーの開発に取り組んでいます。
地元の雇用創出も目的に国の助成金を獲得し、食彩工房「のぐちっ娘」を作り、ふるさと納税などでパプリカ味噌などを継続的に出荷することに繋げています。
(食彩工房「のぐちっ娘」に貼ってある齋藤さんの当時の名刺)
出でよ、自治体の農業プロデューサー
今回はあえて、結論めいたまとめを書きません。それは今回ご紹介した事例はあくまで特殊事例であり、他の地域の方からすると「うちにはこんな事情がある」、「自分だって熱意と柔軟性をもって取り組んでいるけど現実はそうはいかない」という感想を持たれると思うからです。
でも、わたしたちはこういう活動を続けていきます。それは、まさにこのアグリウェブはそういった皆さんの悩みを解決するために存在し、今回の戸沢村のような事例を持つ方々と、そういった悩みを持つ方をつなぐことが、このWEBサイトのできることの一つだと思うからです。
次回の「アグリ5.0に向けて」では、自治体編の後編として、兵庫県神戸市の取り組みを取り上げたいと思います。ぜひご期待ください。
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当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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