(株式会社マイナビ 農業活性事業部中央営業部長 佐々木 康人)
こんにちは。株式会社マイナビの佐々木です。本シリーズではこれまで、農業経営の要となる人材戦略の考え方を述べてきました。今回は採用意欲があるにもかかわらず人が集まらない理由の一つとして、「コンプライアンス」に焦点を当てたいと思います。
コンプライアンスは、採用から育成、定着までの人材戦略の成否に大きく影響します。採用活動を始めることを機に、コンプライアンスを見直してみましょう。
人を採るならモラルをアップデート
コンプライアンスとは、「法令遵守」のことです。例えば、履歴書や給与明細をFAXで送ることは禁じられていますし、タバコを吸う場所も制限されています。これらはそれぞれ個人情報保護法と健康増進法で定められています。
しかし「コンプライアンス」という言葉には、法令だけでなく社会規範や倫理を守ることも含まれています。これらは明文化されていないからこそ遵守することが難しく、私のこれまでの経験でも、問題に感じる場面が多々ありました。
新卒採用の場面での問題発言
ある農林水産業の合同説明会でのことです。新規就農を希望する女子学生に対して採用側が「独身なら地元にいい男がいるから紹介するよ」と話しているのを耳にしました。相手との関係ができていない新卒採用の場では、絶対に言ってはいけないことです。
緊張をほぐすなど冗談のつもりかもしれませんが、軽い気持ちで発言したことが、相手を不快な気持ちにさせたり深く傷つけたりしてしまうことがあります。もし、業務上配偶者がどうしても必要であれば、採用者として質問の意図から丁寧に説明する必要があります。プライベートに関わる発言は、発言の必要性も含めて慎重に検討すべきです。
従業員へのハラスメント教育
また、中小経営体では、新人従業員がベテランの従業員からパワハラを受けているという話をよく聞きます。パワハラをしている側は、自分がハラスメントに当たる行為をしていると気づいていないかもしれません。これはハラスメント教育を怠っている経営者に責任があります。
折しも2022年4月1日から、中小企業もパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の対象になり、事業主にパワハラ防止の措置を講じることが義務化されます。ハラスメント対策を見直すきっかけにしたいですね。
ハラスメント対策は重要な経営課題
一般企業でもハラスメント対策は危機管理対策と並ぶ重要な経営課題です。ただ一次産業は他産業との交流が少ないゆえに、ハラスメントを以前より重く受け止める社会の変化に気づいていない人が多いかもしれません。
農業界が戦うのは採用マーケット全体であると話してきましたが、コンプライアンス違反を犯した場合、マーケットでは見向きもされなくなります。つまり採用力が失われ、人の力が弱くなるので、会社の生産性や競争力が落ちることは確実なのです。
5S活動をコンプライアンス強化の出発点に
最近、弊社にも農業法人様や自治体様からハラスメント研修のオーダーが増えていますが、研修の前にぜひお勧めしたいのが「5S」活動です。
5Sとは、整理、整頓、清掃、清潔、しつけ(習慣化)のことです。これらがなぜコンプライアンスと関係あるのか疑問に思われるかもしれません。その理由を述べていきたいと思います。
「5S」活動で職場をきれいに
コンプライアンスの根本にある考え方は、モラルを守ることだと思います。といっても、モラルを理解しようとすると小難しい話になってしまうので、まず取り組みたいこととして、職場をきれいにすることを提案します。
「5S」活動から好循環が生まれた、ある農業法人の例です。
この法人は、以前はあまり整理整頓や清掃が行き届いていませんでした。そこに元清掃会社の社員が入社し、前職の経験上とても気になったのか、自発的に掃除と整理整頓を徹底的に行いました。
それまでは書類や資料は、従業員間で「あのへんにある」程度で把握されていましたが、誰が見てもわかるように整理整頓したところ、書類を探す手間がなくなり、業務の生産性が上がったそうです。
また、事務所がきれいになったので従業員が休憩時に集まるようになり、コミュニケーションが活発になったことで風通しが向上。ハラスメントやコンプラ違反の芽が摘みとれるようになり、結果的に組織自体もクリーンになりました。
ハラスメントは相手への理解や配慮の欠如が原因
職場が汚くてもいいとか、整理整頓されてなくても自分がわかっているからいいというのは、相手の立場で考えていないからだと思います。
採用候補者がインターンシップに来ても、汚い職場は選ばないでしょう。誰もが気持ちよく働ける職場をつくることができていないということは、モラルも考えられていないということです。なぜなら、モラルは相手への理解や配慮によるもので、モノへの扱いは人の扱いにも繋がるからです。
ハラスメントは、まさに相手への理解や配慮を欠いていることが原因にあります。
特に採用ではどうしても採用する側にパワーがあるように見えてしまいます。雇用も同じですが、雇用される側にも権利があり本来は対等であるはずです。
そう考えると、コンプラ違反は、採用する側・雇用する側が自分の立ち位置を理解していないことから発生することが多いかもしれません。冗談であっても、例えば経営者が従業員に「お前仕事やめちゃいなよ」と言ってしまうのは、同僚や友人が言うのとは重みが違います。そこを理解しないと危険です。
自分の立ち位置と相手との関係性を理解して言葉を選ぶ
小さい会社ほど経営者はワンマンになってしまうと思います。だからこそ、ワンマンの「ワン」になる人は相当気を遣って発言しなければ、心理的安全性は生まれないし、ハラスメントと受け取られかねません。
そんな私自身も、かなり気をつけているつもりですが、部下に無礼なことを言ってしまったことがあります。先日、自分の軽い一言で初めて営業同行した新人を落ち込ませてしまいました。全く貶める意図はなかったものの、彼がどのくらいの仕事を抱えていて、どういう気持ちで働いているのかを理解して、もっと言葉を選ぶべきでした。
私の立ち位置と、相手との関係性の認識の甘さから出た発言だったと反省しています。
相手への理解と時代の認識
コンプライアンスは、人材の採用から育成までコミュニケーションのすべてに通じることです。
採用は相手の立場になって考えることが大事です。前回、求職者が何を求めているか、何を知ったら農場で働きたいと思うかを考えてみようという話をさせていただきましたが、その続きで、働いている人が何を言われたら嬉しいのか、何を言われたら傷つくのか、相手の立場で考えてみてください。
一方で、経営者は従業員に気を遣ってばかりで我慢し続けなければならないのか、というと、それは違います。経営者は従業員が歩むべき未来を提示して、その指針になる存在です。
自分が経営する農場がどこに進んでいくのかを明確に提示することと、従業員が元気に働けるよう工夫することで、ますます人が集まるようになり、会社にとって幸せな経営ができるようになるはずです。
気候変動や人口減少、パンデミックもあり、世の中は大きく変わりつつあります。農業もこれまでの慣習から変わるべき部分は変わらなければなりません。
ただ、変化を乗り越えていく力は、経営者のカリスマ性だけではありません。従業員と協力し、一緒に知恵を出し合うことも大きな力となるはずです。そのためにも、従業員を組織の大事な戦力と考え、人を集め、育てていくようにしましょう。
あなたが理想とする職場とは、どんな職場ですか。理想を叶えるために、経営者のみなさんには、ぜひ独善的にならずに相手の立場を考え、幸せな職場づくりを目指していただきたいと思います。そんな職場には、きっと一緒に働きたいと思う人達が集ってくるはずです。
ここまで、4回にわたる私のコラムを読んでいただきありがとうございました。シリーズ最終回となる次回は、事業部長の池本にバトンを渡して、2022年の農業経営者のあるべき姿をお伝えします。
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