(株式会社ルートレック・ネットワークス)
ICT、IoTの導入による施設園芸のスマート化が各方面で進められ、国や自治体などの支援策、メーカーやITベンダーによる製品やサービスの提供も積極的に行われています。こうした動きについて本コラムでは、現場目線で紹介し考察してまいりたいと思います。
施設園芸と環境制御は、最近では不可分のものと考えられ、施設園芸のスマート化においても環境制御は中心に置かれています。一方で昭和の後期から環境制御装置と呼ばれる商品がこの分野に投入されています。ICTやIoTといった言葉もない頃でしたが、スマート農業の原型がそこにあったと言えます。第1回のテーマは「環境制御装置の歴史」です。
初期の環境制御装置
アナログ式の制御装置
(写真-1 アナログ式複合環境制御装置)
写真-1は、関東地方のキュウリ生産者のハウスに置かれていた装置で、銘板には「省エネルギー型温室複合環境制御装置」とあります。メーターやタイマー、ボリューム類がパネルに多数配置されたアナログ式の制御装置です。
1970年代より施設園芸での省エネルギーの研究や補助事業が盛んに行われた時代があり、その中で開発されたものと思われます。アナログ回路のため制御ロジックの変更などは困難であったと考えられます。
コンピュータによる環境制御へ
文献1)は、1970年代のオランダにおけるコンピュータ制御温室の状況についての、大阪府立大学の古在豊樹助手(当時)によるレポートです。そこにはすでにアナログ式制御装置からコンピュータを利用した装置へ移行した様子が記されています。
またトマトの1.2ha温室においてHoogendoorn社のコンピュータ・システムが導入され、「本体(Phillips社製、P852、記憶容量8K語)、プロセス入出力装置(各24点)、テレタイプ、およびコンピュータ・プログラムから成り、総額は600万円程度」とあります。そこではモニター画面による操作ではなく、テレタイプでの文字表示とキーボード入力による温度や潅水に関する操作が行われていました。
この頃がオランダ施設園芸でのコンピュータによる環境制御のスタート時期であったと思われます。
環境制御システムの登場
日本でも1970年代後期に、文献2)にあるように、大学と研究機関によりマイクロコンピュータによる複合環境制御装置が試作されています。その後、電機メーカーが施設園芸分野に参入がありました。山武ハネウエル、OMRON、横河電機などで、各社が施設園芸向けに制御装置を開発しています。
文献3)では、横河電機が開発した装置を埼玉県のキュウリ生産者の温室に導入した実用化試験が報告されています。
また文献4)では、近畿大学の星岳彦教授が「マイコンを使った施設の環境制御システムの製品化が始まったのが、1980 年頃です。」と述べています。
そして「私は、1984 年に、出始めのパソコン(NEC PC8001)と神奈川県の先進的施設生産者 I 氏が使用しているマイコン環境制御システム(山武ハネウェル W8060A)とを、シリアル通信インターフェースを自作してつなぎ、パソコンでデータ解析を始めました。」とメーカーと製品名も述べています。
またそこでのデータ解析は、自作による環境モニタリングの夜明けであったと言えるでしょう。
現代のICTやAI利用の原型
横河電機では、自社の工業用コントローラを用いた本格的な環境制御装置を商品化し、コチョウランや温室メロンなど、高価な作物を生産する施設向けや、農業高校などに販売していました。また自社の実験温室としてスカイファームを建設し、様々なモニタリングと制御技術の試験も行っていました。
文献5)には、横河電機のスカイファームでのシステム機器構成が示されています。現代の環境制御システムとほぼ同様のものです。
温室の制御対象機器は、天窓、側窓、カーテン、冷暖房機、CO2発生装置、培養液コントローラや潅水系統であり、現代とほぼ同様です。また計測対象は、外部気象(風向、風速、温湿度、日射量、感雨)と、温室内の温湿度とCO2の濃度、および培養液の液温、EC、pH、潅水量となっており、これも現代と同様です。
そして、「温室内で栽培する作物の状態、即ち草勢(育つ勢い)の強弱、栄養成長と生殖成長のバランスなどを考慮して行う制御方法を試験、実用化するために実験を行っている」と、スカイファームの目的を述べています。この考え方は現代の生育調査をベースとした環境制御技術と同様なものと言えます。
その他、モデムと電話回線を通じたアナログ通信での遠隔監視と制御、エキスパートシステムによる栽培支援など、現代のICTやAI利用の原型がみられます。
環境制御装置専業メーカーの出現
これらの取組みは当時としても先進的なもので、計測データ等を利用し、栽培面にも生かそうという考えがみられます。昭和後期には前記の電機メーカーの他にも環境制御装置の専業メーカーが現われました。イー・エス・ディ、東京ハイテック、三基計装などで、他にも多くのメーカーから製品が発売されていました。
各社は温室用の環境制御装置を開発しました。製品の多くはフロントパネルに温室イラストやモニター値などを表示し、専用キーで設定をするような制御装置(写真-2)でした。
(写真-2 専業メーカーによる複合環境制御装置の例(三基計装製))
複合環境制御盤などとも呼ばれ、センサー類とセットで販売されていました。しかし上記のメーカーで現存し製品を販売しているのは三基計装(制御機器メーカーのチノーのグループ会社)のみです。他の2社は電機メーカーや施設園芸機器メーカーに吸収合併されています。
当時の製品にはPCと接続する機能を持つものはあったものの、単体として使われることが多かったと思われます。
従って環境制御装置からデータを取り出して分析や二次利用することは生産現場ではほとんど無かったでしょう。なによりPCは当時は高価であり、1セットで数十万以上するもので、それらは農家が普段から使えるものではなく、企業や研究機関が主要なユーザーであったと思います。
環境制御装置そのものも商品として普及が拡大したとは言えず、当初の電機メーカーも撤退し、平成時代になってからは残った専業メーカーや吸収合併先などによりビジネスが続けられていました。
当時の状況については、星岳彦氏が文献6)にも記しています。導入された温室の規模が小さくペイしづらい状況であったこと、各社の仕様が統一化されず業界団体やプラットフォームもなかったことなどをあげています。
その後の展開
2000年代に入ると、国内でもヘクタール規模の大規模温室の建設が始まり、オランダ式で高軒高タイプのフェンロー型温室とPriva社の環境制御装置などが導入されるようになりました。
横浜市から栃木県大平町に移り、グリーンステージ大平で中玉トマト栽培を約1haで開始した飯田智司氏は、そうした先達のひとりです。なお、文献4)にある「神奈川県の先進的施設生産者 I 氏」とは、飯田氏の父親の飯田恒雄氏のことと言われています。
またこの頃、カゴメが同様にオランダ式の大規模温室を全国に建設し、中玉トマトを中心に生産販売を始めています。
ここでもPriva社の環境制御装置が導入され、以後の大規模温室ではPriva社や文献1)にあるHoogendoorn社など、オランダ製環境制御装置が標準的に利用されてきました。これは国産のものでは制御点数など規模的に対応するものが無かったことも一因です。
そして大規模温室と栽培技術、環境制御技術などがオランダからパッケージで導入され、高収量を実現してきたことから、企業参入などを中心に2000年代からの施設園芸の大規模化をリードしてきたと言えるでしょう。
次回は、オランダの施設園芸の影響、平成後期からのネットワークの発達と安価なセンサーの出現が変えた施設園芸などについて、ご紹介します。
株式会社ルートレック・ネットワークス
AI自動潅水施肥システムのゼロアグリの製造、販売をしています。
シリーズ『施設園芸とスマート農業の展開』のその他のコラムはこちら
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
公開日