アグリウェブのみなさん、はじめまして。山形大学農学部で水環境工学を専門として研究している渡部です。
下水道と聞くと、皆さんは汚い、臭い、暗いの「3K」をイメージされるかもしれません。確かに、皆さんの家庭から捨てられる下水は様々な汚染物質を含み、不快な臭いもします。しかし、それが下水道で集められ、適切に浄化されることで、透明で無臭の下水処理水に生まれ変わり、河川や湖沼、海の良好な環境が守られています。
【↑鶴岡浄化センターからの下水処理水が赤川に流れ出ている様子】
下水道がなかった頃の風景を覚えている方は、どこでも美しい水環境に触れることができる現在の日本が、いかに恵まれているか共感いただけるのではないでしょうか?
微生物の働きで下水をきれいにする
汚れた下水をどのように浄化しているのか?そのプロセス(下水処理プロセス)は、簡単に説明すると、下水に生息する微生物の力を借りて、下水に含まれる有機物(汚れの主成分)を分解・除去するプロセスです。その微生物の働きを活性化するために、下水に常に空気を送り込んでいます。
【↑鶴岡浄化センターの反応槽の様子。水面にたくさんの泡が見える】
金魚や熱帯魚の水槽でも泡をブクブク発生させていますが、それと同じ理屈です。空気を送り込むだけで下水がきれいになるなんて、驚かれる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
興味を持たれた方は、お住いの地域にある下水処理場で見学されることをお勧めします。下水処理場はイメージ戦略で、浄化センターや水再生センターなどと呼ばれていることも多いです。また、下水処理場と同じ役割を果たす施設に、農業集落排水処理施設などもあります。
下水に窒素・リン・カリウムが豊富に含まれる理由は?
さて、下水には有機物とともに、肥料の三大要素である窒素、リン、カリウムが豊富に含まれています。細かい話は省略しますが、例えば、皆さんが普段食べている野菜は肥料を与えて育てるので、当然、3つの成分とも蓄積されています。その野菜を我々が食べるとき、そこに含まれる窒素、リン、カリウムは栄養として吸収されますが、その効率は高くないので、大部分は吸収されずに排せつ物とともに下水に流れ込みます。
上述の通り、下水処理プロセスは微生物の働きで有機物を除去することを目的としていますが、窒素、リン、カリウムの除去はあまり得意ではなく、浄化された水(これを下水処理水と呼びます)には、特に窒素とカリウムが高い濃度で残ります。光を当てるだけで藻類が自然に繁茂するくらい、下水処理水は栄養に富んだ水です。
【↑下水処理水を2週間、光に当てたときの変化。藻類の増殖のため、透明な水(左)が緑色(右)に変化】
なお、下水処理のプロセスでは、浄化で活躍した微生物の体を主成分とする汚泥が発生しますが、その汚泥には窒素とリンが蓄積しています。
この下水汚泥を肥料として利用する取組については、アグリウェブの別コラムを参考にしてもらえたらと思います。
下水処理水は世界各地で活用されている
下水処理水は、雨が少なく天然の水資源が乏しい国や地域で、以前から貴重な水として利用されてきました。極端な例を挙げると、東南アジアのシンガポールでは、国土が狭く雨を集めることができないため、下水処理水を高度な技術でさらに浄化した後、水道水源の一部として利用しています。砂漠が広がる中東の国々では、食料自給のために下水処理水の灌漑利用が普及しています。
国内でも、熊本県や瀬戸内地方などでは、渇水対策として河川水やため池の水に下水処理水を混ぜてから、水田の灌漑に用いる取組が行われています。
また、下水処理水が放流されている河川を、下流で灌漑に利用しているケースは珍しくないので、皆さんの中にも、気が付かないうちに下水処理水を灌漑に使っている方もいるかもしれません。
次のコラムに向けて
下水処理水を単なる水資源として考えるだけでなく、そこに含まれる肥料成分に着目して、食料生産のために積極的に活用しようとする取組も始まっています。
私のコラムでは、この後の3回に渡って、国内外での下水処理水の活用事例をご紹介するとともに、その際に気を付けてほしいこと、そして、農業利用を超えた今後の展望についてお伝えしたいと思っています。
シリーズ『下水処理水も農業に活用しよう〜下水処理水の本当のチカラ』のその他のコラムはこちら
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