こんにちは。福島県南相馬市役所の森明(もりみょう)です。
シリーズ最終回となりました。これまでお付き合いいただきましてありがとうございます。
今回は、私の反省事例をきっかけとした、未来への投資にまつわるお話をしたいと思います。
新規就農者を確保するための営業を開始。
農業に限らず、どの産業でも今は「人手不足」が問題になっています。私が南相馬市に着任した令和2年度は、震災により避難された方々にどうやって帰還してもらうかという課題と同時に、国策である「移住・定住」が大きなうねりとなりつつありました。
当時、市役所の農政課長であった私は、新規就農者を今まで以上に確保しようと、自ら「営業隊長」を名乗り、動き出します。
まずは、新規に就農する際のハードルや課題の検証。一人で独立して農業を始められるパターンもありますが、「雇用」される形で法人に就農するパターンが増えている傾向にありました。就農する際の初期投資も不要で、一人で農業を始めるよりも安定した生活をイメージできます。
これを踏まえ、市内農業法人にアンケートを取りました。後継者がすでに決まっている法人もありましたが、ほとんどが担い手不足。市内全域で、毎年10人弱の後継者が必要であることも見えてきました。
そこで、南相馬市では、「雇用就農」に特化した営業を始めることとしました。本市では震災後に農業者の数も大きく減っているのですが、それでも力強く農業経営を続けている法人もあります。
経営が安定し、今後の規模拡大を見込んでいる法人3社を事例とし、県内の農業短期大学へ営業に回りました。授業の一コマを先生にお借りし、生徒の前でお話しさせてもらったのです。南相馬市ではこんな農業法人がいる。南相馬市に来て一緒に農業をしませんか、と。
ここで紹介した法人は、いずれもスマート農業にも取り組んでおり、震災後から面積が20倍以上、労働時間が半減している法人や、準天頂衛星みちびきを活用したドローンにより、精度の高い生育管理を行っている法人などでした。
当時、厚生労働省の賃金構造基本統計調査では短大卒の月給が全国平均で約18万円だったのですが、月給で20万円を支給し、年2回のボーナス支給がされる法人もいました。
こういった紹介を学生にしながら、令和3年度から始まる「地域おこし協力隊インターン制度(総務省)」を活用して、南相馬市までの交通費・宿泊費など軽減できるから、一度お試しで農業法人にインターンに来ませんか、とお誘いしました。
大きな成果。そして大きな見落とし。
私からは、3社の市内農業法人の紹介に加え、前述のインターン制度、そして南相馬市で就農した際に支援できる制度の紹介、さらには就農後何年目にどの程度の収入が見込めるのか、までシミュレーションしてお示ししました。
大変ありがたい話で、なんと3人の学生さんが南相馬市にインターンとして来てくださったのです。そして、このうち2人が、次年度に本人の望む市内農業法人に就農したのです!
私たち市役所職員は、手を取り合って喜びました。役所が苦手とする「マッチング」が成果を出したのです。
私たちはもっと多くの農業高校や大学へ営業に行くつもりだったのですが、営業し始めた時期が年度の終盤だったこともあり、実はほとんどの学校で「この時期なら学生の就職先は既に決まってますよ」とお断りをされました。
しかし、私たちは数少ない機会で成果を出したものですから、次年度に向けた反省会でも「次年度はさらに増やせるぞ」と前しか見ていませんでした。
ところが、です。希望する農業法人へ就農した2名のうち1人が、1年間の就農後に離職し、実家に帰られている事実を知ったのです。
その方は、県外から移住して南相馬市の農業法人へ就農されていたのですが、事後の確認の中で見えてきたのは「横のつながり」が欠落していたことでした。
県外から一人で移住し、就農した法人の「外」のことが分からない。友達もいない。本当にずっとこの地でこのまま農業をしていくのか不安になったのです。
私たち市役所は、新規就農者が来てくれることだけを考えていたのです。猛省しました。二度とこんな寂しい事態を作らないようにしよう、と。
農業学校をつくろう。特徴は「雇用就農」と「横のつながり」。
私たち市役所は、その後、就農して間もない農業者を集めてセミナーや懇談会などを開催し始めました。また代表者らと意見交換する場も積極的に用意してきました。横のつながりを農業者らに作ってもらうためです。
また、市では農業者らとSNSでグループを作り、双方向のやり取りを行える環境も構築しました。ある法人から「もみ殻が大量に発生したけど処分に困っている。どなたか引き取ってくれる方、募集!」との投稿に対し「うちの畑に使いたいから後でもらいに行くよ!」というようなやり取りも生まれています。しかも募集の投稿からマッチングまでの時間、8分。凄すぎませんか(笑)。
南相馬市では、若い農業者や就農希望者らの「学ぶ場」が必要だと捉え、市内に農業学校を作ろうという構想が令和3年度ごろから動いていました。この検討段階では「雇用就農に特化しよう」、「卒業後は同窓会をやろう」といった議論が交わされています。
私が南相馬市に着任して4年。この間、農業法人の代表らと話して感じることがあります。それは「横のつながり」を求めているのは、新規就農者だけじゃない、ということ。地元の組織の代表も、みんな同様に求めているのです。でも、私の率直な意見は、「相談できる人は、意外と身近にいる」ということ。一人じゃないですよ、みなさん。
令和6年4月には、先述した農業学校が開校します。その名も「みらい農業学校」。1年間で農業のイロハを学び、地域の農業法人への就農を出口とします。1年間の学びの中では、農業法人との接点を多く取り入れ、法人と就農希望者とのマッチングがいつの間にかできてしまうインターンの要素を持ちます。また、卒業生や地元農業者らも学べる仕組み、横のつながりが無くならないような仕掛けもあります。こんな学校、どこにもないのではないでしょうか。
おわりに。みんなで、さらに一歩前へ。
私たち市役所職員は、ときどき地元の農業者らにお叱りを受けます。情報共有が満遍なくされていない、動きが遅いなどです。他の自治体でも程度の差はあれ、似たような光景があるのではないでしょうか。
ご心配やご迷惑をおかけしてしまったことは、素直にお詫びをしなければなりません。ミスや失念も、ときどき発生してしまうのが事実です。
一方で、私たち自治体職員は、地元を元気にしたいという気持ちを強く持ち、毎日の業務に取り組んでいます。つまり、市民の皆さんと「目指す方向」は同じなのです。しかも自治体職員は、地元のお祭りへのお手伝いや災害対応などで、「意外と」休みが少ないのが実情です。新型コロナウィルスによるワクチンの集団接種などでは、多くの職員が交互に関わり、通常業務ができない(いつも全員揃っていない)状態がしばらく続きました。
これからもいろいろな場面で、自治体職員が皆さんの前に登場することでしょう。ですからどうか、これからも自治体職員に対して建設的なご意見をお願いしたいのです。みんなで前に進みませんか!
みらい農業学校HPはこちら
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当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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