(日鉄ソリューションズ株式会社 清水翔太郎)
皆さま初めまして、日鉄ソリューションズ株式会社で研究員をしている清水翔太郎です。弊社は主に情報システムの設計や開発を担っております。農業との関わりはそれほど深くないのではと思われるかもしれませんが、特例子会社の株式会社Act.において農家様から農作業を直接請け負っています。
特例子会社とは、障がい者雇用の促進を目的とした子会社のことで、株式会社Act.ではスタッフの障がい特性に応じた就労体制を構築しながら、農業従事者の支援事業を展開しています。
私たちの研究チームでは、こうした農福連携(農業と福祉が連携し、双方にメリットをもたらす取り組み)をITで後押しすべく、サツマイモ(鳴門金時)の選別をAIでサポートするシステムの研究開発を行っています。
このプロジェクトは2年前の4月頃に開始され、現在は徳島県内の農家様のご協力のもと、現場導入に向けて次のようなトライアルを実施しています。
サツマイモ選別システム【その1】

明るさを一定に調整した箱の中にサツマイモを置くと、3方向のカメラからサツマイモのほぼ全体を撮影し、1~2秒程度でAIによる評価結果(JA徳島の規格表に対応)が画面に表示されます。初心者や障がいのある方でも悩むことなく仕分け作業ができるほか、基準の統一にも役立つと考えています。
サツマイモ選別システム【その2】

このバージョンでは、評価結果を画面に表示する代わりに、プロジェクタで直接サツマイモの周辺に投影します。
サツマイモの片面しか評価できないという点では「その1」に劣りますが、非常に高速(多数のサツマイモを1秒以内)に評価でき、画面を毎回確認する必要もないので、倉庫に貯蔵する前の一次仕分けなどの効率化が期待できます。
本記事では、これまでの取り組みから得た気づきや課題、そしてITを活用した農福連携の今後の展望についてご紹介いたします。
農副連携の現場で役立つシステムを開発するために
プロジェクト発足当初、私たちは現場の課題を把握するために、Act.のスタッフからヒアリングを行ったり、実際に農作業を体験したりしました。
これらの活動の中で明らかになった課題は、知的障がいを持つAct.のメンバーが、経験や勘を必要とする農作物の選別作業をあまり担当できていないということでした。そこで、選別時の判断をシステムによってサポートできれば、 Act.のメンバーがより幅広い業務に携われると考えて選別システムの開発に着手しました。
しかし、現場で本当に役立つシステムを設計・開発するための道のりは決して平坦ではなく、現在でも様々な課題に直面しています。
農作物の選別をAIで実現する手法
まず、農作物の選別をAIで実現するための代表的な手法には、農作物の画像の異常な部分をAIに学習させて検出する手法や、正常な農作物の画像のみをAIに学習させて正常な画像との差異が大きい部分を異常として判定する手法などがあります。
開発を開始した当初は、サツマイモに発生する異常の多用さをまだ認識できていなかったため、前者の手法にあたる「インスタンスセグメンテーション」という技術を採用し、いくつかの異常を個別に検出していました。
ところが、サツマイモは自然の産物であるため、(農業に携わっている方からすれば当たり前かもしれませんが、)現場には想像した以上に多種多様な異常が存在することがわかりました。例えば、外皮の異常1つをとっても、「皮が剥けている」、「黒斑がある」、「穴が空いている」、「全体的に黒ずんでいる」、「しわがある」、「ザラザラしている」、「色あせている」、「ひび割れている」などの多種多様な異常が存在しているのです。
前者の手法では特定の異常を高い精度で検出できますが、全ての異常に個別に対応していくと完成までに膨大な時間とコストがかかってしまいます。また、正確な検出を実現するためには異常なサツマイモの画像が大量に必要になりますが、滅多に出現しない異常については画像を十分に集めること自体が困難です。
そこで、私たちは後者の手法である「異常検知」と呼ばれる手法を採用し、ある程度の成果を得ました。ただし、異常の種類によって許容度や深刻度は異なるため、ベテランの農家様の感覚に近い評価をシステムで行うためにはさらなる改良が必要です。現在も様々な手法を組み合わせ、画像データを収集しながら改善を続けています。
ベテラン農家の感覚に近づける「生成AI」の可能性
そして、今後導入を検討している改善案の中でもここ数年で特に注目度が高まっている技術がChatGPTを始めとする「生成AI」です。
通常、生成AIは多様なデータを事前に学習しており、あらゆる質問に対して(正しいとは限りませんが)応答を生成できます。この技術を応用すれば、人間の言葉でAIに指示するだけで、ベテランの農家様の感覚に近い評価を実現できる可能性があります。
ただし、現場の農家様の中には1つのサツマイモを手に取ってから仕分けを終えるまでにかかる時間を2秒以内にしたい(つまり、システムの判別に使える時間はさらに短い)という要望をいただいているところもあり、単純にChatGPTでサツマイモの画像を評価するだけでは現場が求めるスピード感に全く対応できないことが既にわかっています。
そのため、今後は農作物に特化した高速な生成AIモデルを独自に作成して、高速かつベテランの農家様に近い選別を実現するという方向性も一考の余地があります。
このように日夜システムの改善に取り組む一方で、最近では徳島県のお隣の高知県に新設されたAct.高知オフィスを訪問するなど、普及に向けた活動にも並行して取り組んでいます。高知オフィスでは、シシトウ(高知県が生産量全国No.1)の選別システムのデモンストレーションを実施し、良好なフィードバックをいただくことができました。
シシトウ選別システム
長さ・太さ・曲がり具合などによって等級が決まるという基本的な考え方はサツマイモの分類と同様なため、ベースとなるシステムは同じものを利用し、シシトウ用のデータや基準値を用いるようにすることですばやく試作機を開発することができました。
農業を通じて感じる地域とのつながりや社会への貢献
また、高知のスタッフと会話する中で、一部の通所介護(デイサービス)施設では機能訓練と内職を兼ねて農作物の選別作業を行っているという、農福連携を考える上で非常に興味深い情報も耳にしました。こうした事例では、農業を通じて地域とのつながりや社会への貢献を感じることで、幸福度の向上や健康寿命の増進が期待できると考えています。
他方で、日本の農業の現状に目を向けると農業従事者(基幹的農業従事者)の平均年齢は令和5年のデータで68.7歳となっており(※1)、後継者不足が懸念される中で今後どのように安定的な食糧生産を維持・推進していくのかは日本全体にとっても非常に重要なテーマになるのではないでしょうか。以上のような事柄も念頭に置きながら、ITによる農福連携の取組を益々発展させていきたいです。
※1: 農業労働力に関する統計、農林水産省、https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html(2024/12/09閲覧)
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当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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