小規模な家族経営における事業承継は他業種であっても本質的に違いはありません。他業種を俯瞰的に眺めることで新たな気付きを得られるかもしれません。今回はクリニック(診療所)の事例です。
事業承継の事例
その先生(後継者)のご出身はある大きな地方都市でお父様は歯科クリニックの創業院長です。
後継者の先生は大学を卒業後東京にて研修をつづけ、ご自分の専門分野に強い都内のクリニックでみっちり修行をされていました。
しかし、修行3年目を迎えるころから、お父様がたびたび体調を壊しクリニックを休診するということが起こるようになりました。お父様も既に高齢でいつ何が起こってもおかしくないと思った先生は一大決心をします。
生まれたばかりの2人の子供と奥様を連れて、実家のクリニックを継ぐべくお父様の医院に勤務医として働き始めました。お父様は大変喜んだそうです。
しかし、その先生はしばらくすると悩んでしまいます。
生活が苦しい・・・正確に言うと十分なお給料がもらえていないのです。
都内で勤務していた時には技術力や人柄をかわれて決して少なくないお給料をもらっていたのですが父親の医院からもらえるお給料はその半分ほど・・・
住まいは同居しているので生活費は以前ほどかかりません。
しかし、どうしたものかと思い現院長の父親に問いただします。
「うちの医院は儲かっていないの?」
しかし、
「お前は余計なことを考えるな!」
こう一喝されてしまいました。
しかし、どう考えても都内の忙しい医院に比べて「患者数が少ない」「高額な診療も少ない」。
その先生はますます心配になりましたが、父親とはろくに会話もしない、スタッフとの関係も最悪、針のむしろのような毎日に疲れ果ててしまいました。
解説
クリニックの場合、院長が一人で切り盛りするケースが多いですが例えば歯科医院の場合は収入のピークは40代から60歳くらいまでです。
このクリニックの場合、大先生はその年齢を過ぎていました。患者数は大先生の体調に合わせるかのように毎年減少を続けていたのです。
そこにこれから子育てにもお金が必要な30代の若先生が戻ってきたのでクリニックの収支のバランスが狂ったというわけです。そのような状態だと経営者は後継者に主導権を渡したがらないものです。
事業承継の本質は何か?きちんと理解していれば防げた問題かもしれません。
このケースはご実家に戻られる決断をする前に以下の点を確認すべきでした。
1.財務状況
財務諸表、現在の売上、コスト、利益、借り入れ状況、借入先、返済状況、金利、仕入れ先、保険請求状況などを確認して現在の財務力(体力)を確認する。
2.診療スタイル
診療の技術というのは医学の進歩に合わせて短期間で大きく変わっていきます。世代が違うと30年からのギャップが生まれます。大学で教えることも変わってきます。先代の診療スタイルで将来的に自分自身が続けていくのはほとんどの場合難しいです。どの段階でどのように自分のスタイルに移行するのか、移行できないのかを見極める。
3.人・組織
クリニックの運営は医師だけではできません。一緒に働くスタッフが必要です。歯科医院であれば、歯科衛生士や受付、清掃スタッフなどです。彼らは大先生が雇用したということを忘れてはいけません。自分の代になったときに一緒に汗をかいてくれるのかどうか、確認する。勇気と胆力のいる仕事です。
4.コンプライアンス
法令違反の社会的許容の度合いは年々厳しくなっています。今までは問題なかったことでも、発覚すれば廃業に追い込まれることもあります。保険の不正請求や衛生管理など、慢性的になっていることは外から見ないと気づきません。
5.ご自身の覚悟
お願いされたから実家に帰ったのに。こう思っていてはいつまでたっても経営者になれません。事業を継ぐということはM&Aする覚悟が必要です。現在の事業の価値をきちんと精査して、創業者の想いに感謝を持ち、本当に継ぐべきなのか?継ぎたいのかをじっくりと内観し、じわじわと覚悟が生まれるまで、ご自身と向き合ったでしょうか?
問題の本質は「現状把握」を甘く見ていたということです。父親の希望だからと安易に戻ってしまったため、生まれる感情はすべて「こんなはずじゃない」「なんでもっと・・・してくれないの?」「父はなにをかんがえているのやら」となってしまいます。
事業承継はこのような後継者が受け身の状態ではうまくいきません。
そこで、本当の意味で覚悟を決めて主体的に経営者の道を進めるために、われわれ「後継者の学校」が一貫して後継者へ送るメッセージがあります。それは、
「後継者にとっての事業承継とは、超友好的な乗っ取り」
だということです。事業承継は乗っ取りなのです。しかも友好的なのです。
これは、後継者だからこそできることですし、後継者でなければできないのです。
このメッセージを受け止めた後継者は、自ずと主体的に経営と向き合うようになります。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されております。
公開日