安全・安心な農産物の供給を徹底するため、生産工程の各段階に適切な基準を設け農場を管理するGAP(Good Agricultural Practice:良い農業のやり方)が世界的に広く普及してきています。食の安全・安心にかかわるため、農業界や食品関係者からの関心が高いです。近年はGAP基準の世界標準争いも激化してきており、農産物輸出の拡大に向かう日本の農業者にとっても関連は深いものになってきています。GAPは食品安全のみならず、農業現場の労働安全と人権・福祉もカバーしており、グローバル企業を中心に要求が高まっているエシカル(倫理的)調達にも対応しています。更に、環境保全型農業の考え方もGAPには組み込まれており、世界的な流れであるサスティナビリティ(持続可能な農業)の点から農業分野で中心的な役割を果たしつつあります。例えば、2020年に開催される東京オリンピックの選手村などの食材調達基準として、農産物と畜産物はGAP認証を持っていることが必須となっています。そのために日本各地でGAPの取り組みが急速に広がっています。
農業者には守るべき各種法律(食品衛生法や農薬取締法など)や行政指針(農薬の飛散防止対策など)がありますが、GAPとはこれら法律などを順守するために日々の農作業・農場管理の仕事の中で“押さえるべきポイント”をまとめた農場管理の基準です。例えば、食品衛生法には野菜の種類ごとに農薬成分ごとの残留基準が定められていますが、その基準を守るために一連の農作業の中でどこを押さえるべきかは書かれていません。図1は都道府県が公表している過去の国産農産物の残留農薬基準違反の事例の統計ですが、農薬のドリフトや散布機の洗浄不足など、農薬取締法や履歴記帳運動だけではカバーしきれていない原因が並んでいることがわかります。GAPの農場管理基準には、これらの原因となる不適切な農場管理を防ぐ項目がすべて盛り込まれています。農産物の残留農薬基準違反(食品衛生法違反)は、GAPで対応するというのが現在の農業界の主流です。
図1:国産農産物の残留農薬基準超過の原因分析
日本の業界標準GAPであり、農林水産省が認めている国際水準GAPの一つである「JGAP」を例に見てみましょう。JGAPの基準書は日本GAP協会のホームページ(http://jgap.jp/)で見ることができます。ぜひ一度実物を見て頂きたいのですが、GAPは図2のような冊子の形になっており、食品安全や環境保全や労働安全を守りながら農産物を生産するために“最低限押さえるべき農作業・管理のポイント”をまとめたものです。例えばJGAPの中には「農薬は出荷の作業場に置かず、専用の保管庫を用意する」とか、「農薬の散布後に、散布機を洗う」などの項目が並んでいます。これらは自分の農場やJA生産部会から残留農薬基準違反を出さないために必要な管理ですが、意外と出来ていない農業者が多い実態があります。農薬の散布機を洗わなかったために実際に残留農薬基準違反は起きており、商品回収や出荷停止など産地が受けるダメージは相当なものです。野菜は食品ですから、農薬の保管場所と同じところで選別するというのは決して良い管理ではありませんし、消費者がもしその場面を見たらびっくりするでしょう(図3と図4)。地域を代表する篤農家の方に言わせれば「当たり前」のことでも、若手の農業者や、農薬の知識が不足している農業者の方もおり、産地みんなでGAPに取り組むことで事故を未然に防ぐことができます。
図2 GAP基準書
図3 農薬保管の悪い例
図4 農薬保管の良い例
野菜や果実の食品安全という点では、「①残留農薬の基準違反を防ぐこと」以外にも②病原菌による食中毒の発生を防ぐこと、③異物混入を防ぐこと、④放射能の基準違反などについても、食品衛生法において農業者に遵守が求められています。GAPはそれらすべてをカバーしています。良く勘違いされているものに「有機」と安全性の話があります。有機農産物(JAS有機認証/オーガニック)は安全な農産物の代表選手のように思われていますが、実は食品衛生法と無関係に作られた基準です。病原菌による食中毒や異物混入はチェックされていません。有機農産物の本来の目的は法律で定められている通り、「農業の自然循環機能の維持増進を図るため(有機農産物の日本農林規格より)」であり、実は食品安全ではないのです。食品安全の法律である食品衛生法を順守するためであればGAPです。よって有機農産物を安全性が特別高いような言い方で販売することは優良誤認につながる可能性があり、農業・農産物流通のプロとしては控えるべきかと思います。もちろん、自然循環機能を促進し、持続的な農業を行うことも重要なことですので、有機農産物の推進も必要ではあります。
病原性大腸菌O-157やノロウイルスという食中毒原因菌の話は聞いたことが有るでしょう。農産物由来の食中毒事故も図5のように実際に起きており、死者も出るほど深刻です。JGAPの基準書には、これらの問題を起こさないための“最低限押さえるべき農作業・管理のポイント”が含まれており、自分の農場から食中毒事故を出さないために有効です。残念なことに、日本で普及しているGAPの中には(JGAP以外にも日本にはGAPがあり、次号以降で詳しく取り上げます)、残留農薬の話だけで終わっているものもあり、不十分と言わざるを得ません。
日本で最も多く使われている堆肥が牛糞堆肥です。原料である牛糞には病原性大腸菌O-157が含まれている可能性が多い地域で3割あると言われています。図6のように、しっかり好気性発酵が進むと発酵熱で70度以上になり、病原性大腸菌は死滅します。しかし、発酵が不十分な牛糞堆肥も農業現場で使われており、また発酵前の牛糞堆肥にふれた作業員が同じグローブで野菜の収穫・出荷に当たるケースもあり、病原性大腸菌の汚染経路になっている可能性があります。JGAPを導入している農場では、収穫前の手洗いや収穫専用のグローブを用意しており、このような心配はありませんが、多くのGAP未導入の農場ではリスクの高い状態になっているかもしれません。
図5:農産物由来の病原菌による食中毒
図6:牛糞堆肥の発酵の様子
GAPは認証の話が出やすいですが、必ずしも認証を取ることだけがGAP導入ではありません。JGAPのように無料で一般公開されているGAPを活用し、自らの農場管理を体系的に見直していくことが重要です(「GAPをする」と農水省は名付けています)。一方でバイヤーの中には、東京オリンピックのようにGAP認証を調達基準としてきているところがあり、そのような販売先と信頼関係を深め継続的な取引をしていくために、自らが良い管理が出来ている農場であることを表現するGAP認証に取り組んでいくことも農場・産地の経営戦略として検討したら良いかと思います。例えば日本のバイヤーや米国系の食品メーカーや大手流通企業はJGAP認証を好んで使っています。EUのバイヤーはGLOBALGAP認証を好んで求めます。アジアのバイヤーはGAP認証を求めてくることがあまりないようですが、日本の最大の農産物輸出先である台湾のバイヤーはJGAP認証を求めているところがあります。販売先によって認証を取るべきGAPの種類が異なりますので、注意しましょう。
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