事業承継には人の気持ちを中心とした苦悩や葛藤があります。事業承継を成功させるにはどのような考え方をすれば良いのか。立場の異なる「継ぐ人」と「継がせる人」気持ちにスポットを当てながら、実例をご紹介します。
事業承継の事例
D社の後継者A氏は現在45歳。大学卒業後は全く業種の異なる会社で働いていましたが、15年前に父親であるB氏が経営するD社に入社しました。そして、様々な部署での経験を積んだ後、2年前に事業承継をし、代表取締役社長に就任しました。先代社長であるB氏は、A氏の代表取締役社長就任と同時に退任し、代表権のない取締役会長に就任しました。代表取締役交代時には、社員や社員OBを集め、ホテルで盛大なパーティーを開き、取引先や金融機関など外部にも丁寧に挨拶をして、スムーズに事業承継を終えられたかのように見えました。
代表取締役就任時は希望にあふれ、意気揚々としていたA氏でしたが、最近会長であるB氏に対し不満を持つようになり、本来力を注ぐべき事業に集中することができなくなっています。具体的には、会長がいつまでたっても権限を委譲してくれないため、船頭が2人いるような状態になり、社員が社長と会長のどちらの言うことを聞けばよいかわからず、右往左往するといったことや、何かを会長に尋ねても要領を得ない返事が返ってくるだけであてにできない、毎日出社するわけではないのに中途半端に口出しされて困るなどといったことです。
業績は好調なD社ですが、最近得意先の雲行きが怪しくなってきています。というのも、B氏が社長であった時代とは得意先の考え方が変わってきており、何をするにも相見積もりが必要になってきているため、毎回受注できていた仕事が受注できなくなってきているのです。また、最近の人手不足により人の雇用確保も難しい状態であり、定年をむかえる社員が増加してくる中、優秀な人材の確保が大きな課題となってきていますが、いまだ解決方法は見いだせていない状態です。
A氏は口には出さないものの、会長に対して次のように思っています。
「昔ののんびりした環境であれば、会長のように悠長なことを言っていられたかもしれないけれど、今は会長の経営していた頃とは時代が違う。厳しい環境の中、どうしていけばいいか。こんなに大変な思いをしているのに、会長も少しは助けてくれてもよさそうなものではないか。なのに足ばかり引っ張られている。足を引っ張るんだったら、完全に退任して出社もしないでおいてくれた方がましだ。」
A氏は、会長であるB氏との関係が邪魔して、本当に取り組まなければならないと考えている事業の変革や人・組織の見直しなどに本格的に手を付けられていないのが現状です。
解説
この事例は、後継者が前経営者との関係をうまく構築できていないため、本来社長として取り組むべき課題に正面から取り組むことができておらず、会社の屋台骨をゆるがしかねない事態に陥っているというものです。この事例のポイントは、後継者が主体的に前経営者との関係の構築をどのようにしていくかにあります。
では、どうすればよかったのか。ポイントを整理して解説していきます。
1.後継者が自分の立場を考える
まず、後継者は客観的に自分がどういう立場なのかを考える必要があります。経営者の息子・娘がなんとなく親の会社に入社し、なんとなく流れで社長に就任するということはよくある話です。しかし、親の会社でない会社に勤めている人が、なんとなく社長に就任することは当然ありません。
まずは、親の会社であるということを抜きにしても、自分はこの会社に入社したか考えてみます。よくよく考えてみると入社の理由が「社長になれるから」という場合もあるかもしれません。しかし、社長になることはゴールではなくスタートなのです。たとえなんとなくからスタートした場合でも、「社長になってこの会社をどうしたいから現在自分はここにいる」というところまで具体的に考えることが大切です。
会社に入社した理由を明確にしたうえで、再度自分の会社での立場を考えてみます。するとこれまでと見え方が変わってくるかもしれません。自分の人生をかけたいと思える会社が存在することのありがたさを感じるかもしれません。もしかしたら今は時代にそぐわない形になってしまっているかもしれませんが、これまで会社を維持存続してきてくれた先代経営者や社員に感謝の気持ちがわいてくるかもしれません。様々なことに思いを巡らせ、整理してみると、後継者としての自分の立場が見えてくるはずです。
2.前経営者の立場・気持ちを考える
次に、前経営者がこれまでどんな気持ちで経営してきたか、現在どのような気持ちでいるのか、想いを巡らせます。できれば直接話をきくとよくわかりますが、このようなケースでは、大抵直接話を聞くことが不自然に感じられるような状態になっていますので、社史をひも解いてみたり、母親など前経営者と身近な関係にある人との関係が良好であれば、昔の話を聞いてみると参考になります。
3.後継者としての決意と覚悟を持つ
その上で、しがらみや全ての前提を一旦受け入れ、これから自ら後継者として、一生をかけて会社をどのようにしていきたいのかについて考え、決意と覚悟を持ちます。
4.良好な関係性構築のために戦略的に行動する
親子の関係を構築するのに努力などいらないという考えは捨てます。プライベートでの関係に加え、仕事上の関係ができたときに、どうしても一般的な親子関係とは異なる関係性ができてしまうのが、親子間の事業承継です。そして、これまでの親子関係がどのようなものであったかに関係なく、ほとんどの場合、親は親の立場と会社での立場をうまく切り離して考えることはできません。だから、関係性の構築は、後継者が主導していかなければ改善されません。
プライベートの関係はできるだけ良好に保つように努力します。例えば、ほかの家族も交えて休日には仕事の話は抜きで食事をしたり、お墓参りに一緒に行ったりと、親の喜ぶことを考え実行します。また、親族の第三者、例えば母親などに、前経営者の素晴らしいところを何気なく話します。良い話はいずれ本人に伝わりますが、直接言われるよりも言われた人は大変うれしいものです。
また、仕事上では、聞かれなくても定期的に逐一様々な話をし、たとえ明確な解決策が提示されなくても相談します。毎週何曜日など日時を決めておくのも一つの方法です。これまで人生を掛けてきた会社がどうなっていてどのようになるのか、前経営者が知りたいと思うのは当然のことです。しかし、忙しそうに不機嫌にしている後継者に、細かいことがどうなっているんだといちいち聞けず、ヤキモキしている場合が多々あります。聞かなくてもいろんなことを話してくれるという安心感があれば、前経営者も自然と後継者に協力しようという姿勢になっていきます。
親子間の関係性の構築は、考えることは簡単ですが、実行に移すのは簡単ではありません。その一番の障壁となるのは、後継者自身の気持ちです。まずは、広い視野で、長いスパンで全体を考え、そのうえで今自分は何をすべきかということを冷静に頭で考えることが重要です。そのうえで、考えるよりも大変難しいことですが、行動するということが何より大切です。発言、表情、態度など、自分の言動の端々に相手に対する気持ちが表れているということを忘れず、小さな一歩から踏み出すことが、親子の関係性と自分自身を大きく変えてくれます。
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