事業承継では継承する資産への課税に注意
肉用牛肥育などの畜産経営では、多額の家畜を棚卸資産として保有しています。また、耕種農業でも鉢物園芸では、観葉鉢物や花鉢などの棚卸資産の額が多くなります。一方、酪農経営では、減価償却資産として搾乳牛が多額になります。こうした農業経営を親子間で事業承継するときに注意して欲しいのが資産の譲渡に伴う税負担です。事業承継の際に資産を後継者に無償で譲渡すると後継者に多額の贈与税の負担が生ずることがあります。一方、有償で譲渡すると事業主に消費税がかかります。
肉用牛肥育経営の事業承継の事例
税負担をできる限り少なくし、円滑に事業承継を行うにはどうしたらよいでしょうか?ここでは後継者を代表者とする法人を設立して事業承継を行った肉用牛肥育経営の事例を紹介しましょう。
この事例は、黒毛和牛の肥育と一部、繁殖を行う個人経営でした。肥育頭数は100頭弱で肉用牛の棚卸資産としての評価額は6千万円を超えています。事業主は65歳を迎えるにあたって、農業者年金の経営移譲年金の受給を目指して事業主を息子に変更しました。ところが、棚卸資産である肉用牛の移譲に伴い贈与税がかかることを指摘されて事業主の変更を取り下げました。かりに6千万円の資産を贈与された場合、次の計算のとおり、後継者が負担する贈与税は約2,600万円にもなるからです。
(6,000万円[贈与財産]-110万円[基礎控除])×55%[税率]-640万円[速算控除額]
=2,599.5[贈与税額]
注1. 税率及び速算控除額は、特例税率で課税価格(基礎控除後)が4,500万円超の場合
事業承継における贈与税の取扱い
親子間の事業承継において、不動産については、登記名義を変更するなど「特に贈与したと認められるものを除いては、贈与はなかったもの」(注2)とされます。不動産とは、土地、建物、建物付属設備、構築物で、農業では畜舎や堆肥舎、園芸用ハウスなどがあります。個人事業者が、親など生計を一にする親族の名義の不動産を無償で事業の用に供している場合、親族名義の資産の固定資産税や減価償却費・除却損、資産取得資金の借入金の利息を必要経費にできます(所得税基本通達56-1)。したがって、貸借対照表や減価償却台帳に親族名義の資産の取得価額や耐用年数、未償却残高をそのまま引き継いで計上します。
一方、親族間で事業主を交代する際に、不動産以外の農業用財産(動産)については、貸借しようとしても、原則として「贈与があったものとして取り扱うこと」(注)になります。動産には、棚卸資産のほか、農業機械や生物などの減価償却資産で搾乳牛や繁殖豚などが含まれます。このため、酪農経営では、事業承継の準備段階で、順次、出産した搾乳牛について、後継者の名義で登録し、搾乳牛の所有権をあらかじめ後継者に変更する対策を講ずることもあります。この場合、事業承継の前段階で、逆に後継者が所有する搾乳牛を事業主に使用貸借することになりますが、その減価償却費は事業主の必要経費にすることができます。
注2.「父子間における農業経営者の判定ならびにこれにともなう所得税および贈与税の取扱について」(直所1-14、直資15、昭和35年2月17日)
事業承継の方法の検討
この事例では、当初、親子間で事業承継して、棚卸資産を毎年分割して贈与することができないか、と相談されました。しかし、棚卸資産を毎年分割して贈与する方法は、贈与が完了するまで親子とも事業主になるため、親子が同一生計の場合に税務上認められないリスクがあります。親子で生計を別にすれば、経営を分離することもできますが、そのためにわざわざ別居するのも現実的ではありません。
そこで、棚卸資産である肉用牛を贈与するのではなく、売買する方法を提案しました。この場合、棚卸資産を譲渡する側(親)が消費税の課税事業者の場合、事業継承に伴う資産の譲渡にも消費税がかかります。一方で、資産を譲り受ける側(子)が消費税の課税事業者になれば、譲り受けた資産が課税仕入れとなるので仕入税額控除を受けることができ、課税仕入れが課税売上げを上回るときは消費税が還付になります。なお、資産を譲り受ける側(子)が消費税の課税事業者となるには、「消費税課税事業者選択届出書」を提出します。
しかしながら、親子間で個人事業として事業承継を行う場合、子が消費税の還付を受ける前に親が消費税を納税しなければなりません。このため、納税資金を準備する必要があります。ところが、親は事業承継によって廃業するため、親が事業資金として融資を受けることはできません。このため、子が棚卸資産の買取資金として融資を受けるなど、少なくとも親の消費税の納税分の資金を確保し、売買代金の一部として親に弁済する必要があります。なお、消費税納税分以外の売買代金は分割払いでよいのですが、「ある時払いの催促なし」では、売買代金を贈与したと認定される恐れがありますので、口座振込などにより代金を定期的に弁済しましょう。
後継者を代表とする会社を設立して事業承継
この事例では、棚卸資産の買取資金の融資を受けずに消費税の納税資金を工面するため、後継者を代表とする法人を設立して事業承継することとしました。個人事業と異なり、法人は事業年度を任意に設定することができ、設立初年度は1年間でなくても構いません。このため、年の始めに法人を設立し、第1期目を短くして早めに法人の決算を迎えるようにすることで、個人の消費税の納税資金を法人の消費税の還付金で賄うことができます。
具体的には、後継者を代表とする会社を2月初めに設立し、経営主の肉用牛を会社に売却、売却代金は毎月の分割払いとしました。会社の決算期は3月末(申告期限は5月末)とし、課税事業者を選択したため、第1期は消費税が早ければ6月末に還付となります。この還付金は、毎月の分割払いに上乗せして、売却代金の支払いに充当することとしました。
法人化によって円滑に事業承継を行うことができただけでなく、今後、雇用を確保したり補助事業の採択を受けたりするうえでもプラスになる効果が期待できます。また、法人化によって内部留保にかかる税金が所得税から法人税に変わることで実効税率が低減することが多く、税負担を軽減できることもメリットになります。
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