デジタル農業
私たちが140字のツイッターを読むのには約3秒かかりますが、現在のコンピュータはこのような最小単位の処理を10-7秒で行うことが出来ます。また、ビッグデータと呼ばれる膨大なデータ量はゼッタバイト(1021バイト)にまで達しています。さらに、境界がなくすべての地平に広がるモノのインターネットIoTがつくり出すセンサ情報、SNSなどを通した様々なレベルの人間の会話情報は日夜このビッグデータを増やし続けています。このような圧倒的な処理速度と圧倒的なデータ量を背景に人工知能がその威力を発揮し始めています。このデジタル社会の特徴を図にまとめました。
図4 デジタル社会を構成するICTの動向はじめに
このように社会が情報化され「規模から素早さ」の社会に変化する中で、農業は精密農業からスマート農業を経て、デジタル社会のキーワードともいうべきIoT、ビッグデータ、AI(人工知能)が農作物の栽培現場で活躍する「デジタル農業」の時代に遷りつつあります。
「デジタル農業」では精密農業の主役のトラクターや衛星などが精密農業ツールと位置づけられます。農業IoTで取得される栽培環境データとドローンや光センシングから得られる圃場の農作物の作物情報がデータセットとなって、ビッグデータ化された後人工知能(AI)で処理され、農業機械の自動走行中の作業を支援する情報として圃場マップ上に「見える化」されていきます。現状では、様々な農業機械や装置整備にコストがかかるため、儲かる「デジタル農業」の実現のためには、国家の農業戦略の再設計が急務となっています。
図2 「精密農業」から「デジタル農業」へ
食・農エコシステム
インターネットが深化するにつれて、「インターネットはエコシステム(生態系)を形成する」、という新たな特徴が見えてきています。江崎浩氏の解説(2018/9/5付日経新聞、経済教室 「情報の時代」の未来(下))から抜き出して以下に紹介します。
- インターネットは、物理的なモノの存在を前提にした社会経済活動をデジタルで置き換え、新しいルールに基づく「サイバー・ファースト」な社会経済へと進化させつつある。
- サイバー空間に閉じ籠もっていたインターネットは、すべての物理空間を飲み込みながら、あらゆるモノとつながるIoTやビッグデータという新しいエコシステム(生態系)を形成しつつある。インターネットの新たな覚醒である。
- 独自技術で閉じたエコシステムを形成するサイロ(格納庫)型の経済社会構造を、インターネットの遺伝子は共通の技術を用いてサイロを相互接続させ、1つのシステムにした。
組織の壁を越えた情報の流通は、企業のビジネス構造にも大変革をもたらしている。 - 組織の全ての構成員が、外界の個人や組織と双方向で対話することで、迅速で正確な製品・サービスの企画・生産・提供が可能となる。
- ベンダー(売り手)主導のプッシュ型サプライチェーンは、ユーザー主導のプル型デマンドチェーンに進化しつつある。潜在的消費者の要求がリアルタイムで提供・共有され、適切な機能を持った適切な量の製品・サービスが需要者に提供され、付加価値の高いものを適量生産する「バリュー・クリエーション・ネットワーク」の実現であり、破壊的イノベーション(革新)を繰り返し、今後ますます成長・進化する。
食・農エコシステムは、食の原材料を産み出しこのエコシステムの起点となるデジタル農業を筆頭に、物流を担う運送業、原材料から加工食品を創り上げる食品工業、原材料そのものである生鮮食品、加工食品を販売する小売業、そして食料を購入する消費者から構成されます。また、それぞれの要素をつなぎ合わせるための仲卸業、および食品そのものの品質を保持するために保蔵技術も重要な役割を持つことになります。さらに食・農エコシステムの独特の要素として「安全・安心」の問題が加わりますので、このエコシステムは東京オリンピック・パラリンピックでも話題になっている国際認証(Global GAP,HACCP)が関係してきます。
広い裾野を持つ食・農エコシステムでは、複数の企業や登場人物、モノが有機的に結びつき、循環しながら広く共存共栄していく「協力しながら競争する仕組み」が求められています。「儲かる農業」を起点に品質で「おいしい食」をつなぎ消費者に届ける食・農エコシステムは、このデジタル農業を起点とする地域を豊かにする持続可能性を有する産業システムでなければならないことを理解しておく必要があります。
図3 「食・農」エコシステムプラットフォーム
1965年(昭和40年)に当時の科学技術庁資源調査会から出された「食生活の体系的改善に資する食料流通体系の近代化に関する勧告」(いわゆる「コールドチェーン勧告」)では、
- 食品の等級,規格および検査制度の確立
- 食料流通に関する情報体系の整備
- 生産地,中継地加工体制の確立
- 食料流通に関する研究開発
(許容温度時間:Time Temperature Tolerance,T.T.T.,加工,包装,等級・規格)
があげられています。食・農エコシステムは、この勧告を現在のデジタル技術で達成しながら、消費者が食品を購買した時の反応に心理解析を加えながら情報として蓄える一方で、この情報を農業現場、食品加工現場などに適切に加工してフィードバックする双方向性を持つシステムです。また、安全・安心に関わる情報に対して時間軸で整理し、トレーサビリティを確保することも大きな役割です。さらに、デジタル農業との連携は必須であり、この連携には農作物の品質が最も重要な要素になります。また、この品質情報が変化しつつ消費者まで届けられるシステム設計が求まられます。この重要な農作物の品質を図に示しました。
表2 農産物の総合品質
相互運用性(Interoperability)の問題
食・農エコシステムは、膨大な数のデバイス・webサービスが相互運用できることが求められます。このためには、共通の機能や用途に応じて提供されるサービス、共通のデータプロトコル、および標準が必要になります。また、語彙やセマンティックの相互運用性の確保も重要です。すでに農業分野、サプライチェーン、および食品流通分野ではさまざまな適切な標準が存在していますが、変化のペースに適応していない標準の元では、新しく開発される機械は同じメーカーの機械との独自の接続性を維持していくことになります。つまり、問題点は標準の欠如にあるのではなく多くの規格が存在する現状にあるため、このような相互運用性の障壁を克服するための取り組みが、農業ICT分野ではAgGatewayで行われています。北米で立ち上げられたAgGatewayは欧州、南米、豪州・ニュージーランドまでグローバル化が進んでいるため、私たちは現在AgGateway Asiaの設立を目指して活動中です。
食品流通分野での相互運用性に関する取り組みは、流通コードの管理及び流通標準に関する国際機関GS1の米国GS1で2014年に開始され、食品流通に関する流通コードの管理及び流通標準に関する体系(Food Service)が完成し、最近はその動きが欧州をはじめとする世界各国に広がりつつあります( https://www.gs1.org/foodservice)。日本では一般財団法人流通システム開発センターが日本のGS1として活動していますが、まだFood Serviceの体系は出来ていないため、今後の活動に期待が持たれます。
おわりに
生計維持の農業から規模の農業、そして環境に優しく効率的なデジタル農業へ。人々が協力するプラットフォームの上に立った競争。GAPやHACCPなどの国際認証と食・農ICTの国際標準。Industry4.0に基づく次世代食品工業。人に優しく弱者のためのICT。これらが創り出すアナログ(人間らしさ)の価値の再発見を伴った農業・食品関連技術の進化に期待したいと思います。
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