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(青森県 『アグリパークつがる塾』 今 久男)
就農までの経緯と生活拠点
「無農薬で野菜や米を育ててみたい」という強い想いから、平成18 年に脱サラ、無農薬栽培の野菜農園として新規就農。アグリパークつがる塾の今と申します。まずは、就農までの経緯と生活拠点について簡単に触れます。
金融機関に勤めて20年
金融機関に勤めて20年が過ぎ、自分が何をしたいのか考えるようになっていた。そんな時人事異動で出向の辞令を受けた。同業界の団体の広報部への出向である。広報関係の仕事は自社でも経験していたため通常業務に大きく異なることはなかったものの、1点大きく異なる業務があった。
出向先で2度サポートした「日本農業賞」を受賞された農家の実績に大いに感銘を受ける。そのような場に巡り合ったことである。「自分はできるだろうか?いや新しい農業のやり方にトライしてみたい」と考えたのが私の大きな転機の源になった。
退職の決断
そしていよいよ退職を決断し、家族への相談。ただ、相談すると拒否されるのは目に見えているため、まず退職し退路を断ってから退職したことと青森で農業を行うことを報告した。もちろん単身赴任の想定である。
報告をすると妻が驚き、不安を口にした。当然ながら不安の原因は収入面で、生活できるかであった。ただ、私は家のローンをようやく完済し、2人の子供も就職したので、これからは「極力農薬を使用しない農業をやってみたい!」と説明した。妻は不安を口にしながらも、生活面で不便をかけないということでしぶしぶ納得した。
私の場合は何とか解決できたが、人生の大きな決断なので家族とよく話し合い、双方が納得することが重要と考える。また、退職前に農業についての事前勉強を図書館で行うなども頻繁に行った。妻がそれを見ていたので、解決できたようにも思う。家のローン完済と、2人の子供が就職した幸運が私の第2の人生への背中をしてくれたのである。
次は、青森での生活拠点をどこにするか、農地をどうするかの課題があった。
とりあえず実家に
生活拠点はとりあえず実家にお願いした。両親に農業のノウハウを聞ける、と思ったことが大きかった。結果は、いろいろな情報、特にりんごの生産に関するノウハウ取得にはよかった。が、農業を行うには農薬使用が当たり前の父と無農薬農業を実践しようとする私とは相いれない部分もあり、それが分かった後、農薬問題については触れないこととした。
農業の考え方
農薬問題