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(長野県 『フルプロ農園』 徳永 虎千代)
長野県でフルプロ農園は、『フルーツのprofessional』、『フルーツをproduct』、『フルーツのproduce』『フルーツproject』というフルーツで4つの想いを掲げる農園です。農家の四代目として生まれ、今は、地域のりんご生産が盛んになることを目指し、役職員一同で取り組んでいます。
本連載では、私が就農したきっかけや令和元年台風19号災害、それらの経験を通じて移り変わった農業観・人生観についてお話したいと思います。就農した当初は、正直、軽いノリと勢いで、特別農業に思い入れがあって就農したわけではありません。ですが、りんご、農業が自分にもたらしてくれたものに感謝しており、その事実について率直にお届けさせていただきます。経験してきたことが、これから農業を考えられている方、すでに農業をされている方、どなたかの参考になると幸いです。
第二回は令和元年台風19号の被災経験についてです。
令和元年台風19号
令和元年、長野県も台風19号に襲われました。記録的な大雨により甚大な被害を及ぼしたこの台風は、フルプロ農園も甚大な被害を受けました。
被害の状況について触れますと、家、事務所、倉庫、農機具、りんご、シャインマスカットなど全てが泥水に浸水してしまいました。副社長と初めて一から植えたりんご高密植栽培の樹もなぎ倒されていました。フルプロ農園は現在の副社長と二人で始めたことについては以前触れたかと思いますが、台風通過後、なぎ倒された木を目の当たりにして副社長は、ボロボロと涙を流しました。自分はどうだったのか…とにかくショックを受けていたのだと思います。よく覚えていません。二人とも立ち尽くし、ただただ茫然自失だったような気がします。
りんご畑は、9割ほど水を被り、その年獲れるりんごはほぼ全滅しました。父の住居を兼ねていた事務所も水没。ハード面含めて被害額は1億円超でした。当時の売上が10百万円ほどでしたので壊滅的な被害と言えます。農業をやめようと思いました。副社長と二人、「別々の仕事につくか」と話していたくらいです。それが当時の正直な気持ちでした。
被災後
復旧ではなく復興へ
しかし、休む暇は無くすぐに復旧作業や様々な支援がありました。
被災して三日ほどは村全体が泥水で浸水していましたが、SNSで伝えたこともあり、泥水が引いた日から毎日数十人のボランティアの方々が駆けつけてくれました。累計のボランティアの人数は1000人を越えていたと思います。感謝しかありません。お客様や取引先からも「ニュースを見た。りんごは送らなくていいから復興することを祈っている。」などの温かいお言葉を多くいただき心の支えになりました。
その中で希望を持つきっかけになったのはポケットマルシェ(現 株式会社雨風太陽)の代表である高橋氏の実際に東日本大震災の復興を経験された方の言葉です。「こんな絶望的な状況でも例外は無くピンチはチャンスである。これから多くの人が助けてくれるがその恩を当たり前に受け取るのか。大きな成果にして恩返しするのか。」など言葉にエネルギーがあり、徐々に前を向くようになりました。
震災復興をして活躍している農家の具体的な事例を現地で一緒に泥をかきながら教えてくれました。その話の中で、被災したからこそ復旧ではなく復興をしていく。被災前よりもいい商品サービスを顧客へ提供することによってファンの方がより根付く他にはない強い農園に変化していけるのではないか。と私は思うようになりました。
フルプロ農園はまた歩み始めた
近隣の農家のなかには、農業を辞められた若い方もいました。しかし、自分の中で復旧ではなく、復興への道筋が見えたので、副社長はじめパート、アルバイトにも復興するから一緒に歩んで欲しいと伝えフルプロ農園は再び歩み始めました。
被災前、農園は副社長と私、そして5名のパートの方で運営していました。被災を受けてから翌シーズンになるまでの半年は仕事をお願いすることは出来ませんでした。元々給料が高くない状態で、災害によって仕事も無くなってしまう農業は非常に働きにくいですが、全員辞めることなく、復興に向けてボランティアまでやってくれました。そして、翌シーズンからまた一緒に働くことができました。
復興に対して行政・金融機関、JAなども協力的で、例えば復旧に対する補助金の申請や融資について手続きを簡素化してスピードを上げてくれたり、銀行などが一緒に計画を策定してくれたりと、まさしく地域を挙げて復興というスタンスでした。
変わり始めた仕事に対する想い
ボランティアの方、従業員の皆さんの温かさ、人との繋がりへが、自分自身の人生観、今後の仕事に対する想いが変わっていった時期かもしれません。再スタートに際して何よりも感じたことは、数えきれない本当に多くの皆さんに助けていただいたこと、そのことについての感謝の気持ちです。
フルプロ農園の面積は就農当初の1haから被災時は4haまで拡大していました。この産地も高齢化しており、農業をやめられる方もいましたが、被災後にはさらに離農が加速しました。我々にとっての恩返しは、りんご産地を守って強くしていくことです。復興して農業を続けていくうちに産地を守りたい気持ちが芽生えてきていました。そして、現地では14haまで面積を拡大してきました。
もう農業を辞めようという時に声をかけてくれた、駆けつけてくれたボランティアの方々、戻ってきてくれた従業員、再び農業ができるということへの感謝の気持ちが、より実感を持って産地を守りたい、お客様や従業員に何か返したいという行動に繋がっているような気がしています。就農当初、ビジネスチャンスに目が向いていた私たちは、被災を経て、周囲との繋がりや社会性をより強く意識するように変わってきたように感じています。これからも論語と算盤の両輪のバランスを大切に事業を行っていきたいと思います。
ご参考
何かのご参考になればと思い、被災後、気を付けていることを少しご紹介します。
行政の災害対策を参照することを薦めます。地元に長く住んでいてハザードマップを見たことがないという方は意外といるのではないでしょうか。当農園は水害の際のハザードマップの中にありました。農園の環境を把握しておくのは大切で、今は大雨警報が出ると高価な備品や農機具はハザードマップを見て対象外の場所へ移動するようにしています。
もし畑を分散できる環境であれば、ハザードマップを確認して分散することも必要だと思います。また売上を補填してくれる農業保険に入っておくようにしています。有事の際は人に頼ることも必要だと思います。一人で抱え込まず、私たちのように様々な方へ相談してみてはいかがでしょうか?
当該コンテンツは、執筆者個人の経験・調査・意見に基づき作成されています。
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