シリーズ『農×エネルギー活用による未来志向の地域デザイン』。第3回目の今回は、京都大学の柴田先生が「気候変動をチャンスに変えるには、どうしたらよいか」を考えるにあたり、知っておくべき「バイオマスエネルギー利用のいま」を紹介します。
バイオマスのエネルギー利用
前回のコラムでは、再生可能エネルギーの生産を取り巻く世界情勢を紹介しました。化石資源社会から脱炭素社会に向かうプロセスの中で産業や農業の枠組みに注目が集まり、それを経済的に支援する仕組みが作られつつあることによって、新たなビジネスチャンスが生まれつつあることを述べました。
今回は、農業との相性がいいバイオマスのエネルギー利用について紹介します。
バイオマスとは生物が作り出すもの全体を表す用語です。野菜も稲も林木も雑草もその全体を表すときにはバイオマスと表現します。畜産廃棄物、食品廃棄物もバイオマスです。
植物は太陽光エネルギーを使って二酸化炭素を固定して成長するので、植物体(バイオマス)そのものをエネルギー源として使うことができます。
有史以来、人類は木材などを燃やして熱エネルギーを得てきました。現在でも、世界全体を見渡すと、発展途上国では薪や炭のエネルギーは多く使われています。
日本は森林資源(バイオマス)が豊富なので、再生可能エネルギー源としても期待できます。ただし、林木は急峻な山に生えているために、バイオマス資源へのアクセスが難しく、それに伴う様々な問題を抱えており、有効に利用するには長期的な視点での対策が必要になります。
今回は、森林資源に関しては詳しくは言及せず、農業でのバイオマスに関して紹介します。
バイオマス利用の短所
バイオマス資源の利用に関して注意すべき点を先に指摘します。
バイオマスのエネルギー量
実は、植物が光合成で固定したバイオマスのエネルギー量は、地上に降り注ぐ太陽光エネルギーのごく一部です。
光合成では太陽光の光波長の一部しか使わないことと、植物自体が成長に光合成で得たエネルギーを消費してしまうために、バイオマスとして残るエネルギーは、地面に届いた太陽光エネルギー総量の1%未満であることが多いです。
植物種や環境の条件によっては、2%以上のこともありますが、例外的です。例えば、春先に稲の田植えをして秋に収穫する場合、田んぼに一年間で降り注ぐ太陽光エネルギー総量の0.6%ぐらいが、米と稲わらとして固定されています。
太陽電池パネルとの比較
一方、太陽光エネルギーの変換効率が18%程度のよくつかわれているシリコン系太陽電池パネルの場合、メガソーラ発電のデータでは、年間の太陽光エネルギーの蓄積量は4%ぐらいです。太陽電池パネルは固定されていて、太陽が日周運動をするために、パネルへの光の当たり方が斜めである時間が長く、18%の効率を示す時間は限られています。
また、シリコン系太陽電池では温度が高くなると効率が落ちたり、照度の低い光では発電できないなどの要因があり、思ったほどエネルギー蓄積効率は高くないです。ただ、それでもバイオマスに比べて、随分と効率が高いと言えます。
バイオマスは栽培・収穫・運搬等にもエネルギーが必要
バイオマスと太陽光発電を比べた場合、もう一つ、決定的な差があります。それは、バイオマスを育てたり、収穫したりするためのエネルギー量です。
例えば、稲では1ヘクタールあたり年間10トンのバイオマス量があります。畑をトラクターで耕し、田植えをして、肥料を撒いて、稲刈り機で収穫して、それらを運び出すには相当のエネルギーを必要とします。
これらのエネルギーの大半は化石燃料に由来しています。そのために太陽光エネルギーとして固定されたバイオマスのエネルギーは、目減りしていきます。一方、太陽光発電の場合、電線で電気を送るので、エネルギーロスは少ないです。
稲わらからバイオエタノールを作る研究が盛んな時期がありましたが、そもそものエネルギー量の少ないバイオマスをエタノールに変換するには、さらにエネルギーを消費するので、バイオエタノールが得られたとしても太陽エネルギーとしてはごくわずか、あるいはマイナスになります。
マイナスだと、エネルギーを余分に使うことになるので、そもそも研究する意味がなくなってしまいます。
バイオマスの持続的な確保の問題
このように考えると、バイオマスのエネルギー利用はよほど慎重に計画しないと成立しないことになります。
木質チップでバイオマス発電を行う場合は、林木として数十年にわたって光合成が固定した太陽光エネルギーを利用するので、稲わらに比べて、効率が良くなり、エネルギーロスは少なくなります。しかし、森林を持続的に管理して利用するには、その地域で必要なエネルギー量を見積もって計画することが必要になります。
固定価格買取制度ではバイオマス発電で得られる電力は高い単価で買い取られているので、バイオマス発電に参入する例が増えていますが、そもそものバイオマス確保に苦労しているのが現状です。
バイオマス利用の長所
バイオマス利用の欠点を強調しましたが、長所もあります。
農産廃棄物などのエネルギー利用
農産廃棄物などのバイオマスからエネルギーを回収することは、農業にとっても意義があります。
例えば、畜産業では、糞尿や汚れた敷き藁などの処分は厄介です。堆肥にするにしても、窒素成分が地下水に混入するために、すべてを処分することはできません。
しかし、嫌気発酵を行えばバイオマス(有機物)からメタンガスを得ることができます。メタンガスを燃焼させて発電することができます。
発酵後に残った液体(消化液)には、作物栽培で植物が吸収した栄養素が含まれており、JAS有機肥料として利用することができます。
下の写真は、京都市にある修学院の圃場で、京都大学農学研究科の間藤徹教授(現在「京都農業の研究所」所長)の研究室の学生さんが稲作のために、消化液を撒いている様子です。
(写真は間藤氏が設立した「京都農業の研究所」から提供を受けました。写真はコチラから)
嫌気発酵(メタン発酵)の原理
嫌気発酵(メタン発酵)の原理を簡単に紹介しておきます。
バイオマスは常温で放置すると微生物が繁殖して、容易に分解します(つまり、腐ります)。この時、酸素が十分にあると、分解して、二酸化炭素を放出します(ヒトや動物の消化と同じです)。
ところが、酸素がない環境では、酸素がなくても生きていける微生物(嫌気性微生物)がバイオマスを分解し、バイオガス(メタンなど)を放出します。バイオガスは酸素と反応すれば燃えて、熱エネルギーを出します。
この原理から考えると、糞尿のように、すでにエネルギーを取り出した後の残りカス(有機物)からは多くのメタンが得られません。まだ、分解していない敷き藁などの有機物を入れると多くのメタンが得られます。
ドイツで起こった問題
かつて、ドイツではメタン発酵のエネルギーを利用した発電での電力買取価格が高かったために、発電を目的としてデントコーンの栽培が広がり、それをメタン発酵に使うという本末転倒が起こり、作物の生産体制が崩れるという問題が発生しました。
メタン発酵は廃棄物処理には理想的な方法ですが、エネルギー回収率は低い方法です。現在のドイツの制度では、メタン発酵からの電力買取は農産物廃棄物に限られるようになりました。
日本における食品廃棄物の再利用
農業そのものではないのですが、食品産業界から年間約二千万トンの食品廃棄物は、多くは飼料や肥料への再利用が進んでいますが、外食産業からの廃棄物は利用しにくく、メタン発酵でバイオガスを発生させ、発電する取り組みの検討が農林水産省で始まっています。
バイオ炭の地下貯留
バイオマスは炭素の塊なので、炭にすることができます。この炭を土壌中に貯留すれば大気中の二酸化炭素を削減することになります。今後の二酸化炭素削減の方法として注目を集めています。
バイオマス利用の今後
今までは、バイオマスの長所ばかりが強調されるあまり、実際にバイオマスを利用しようとすると短所が足を引っ張っているケースが多くありました。今後は、バイオマスの特性を見極めつつ、太陽光発電などで得られる再生可能エネルギーとのバランスを考えて、農林水産業に利用していくことが大切でしょう。
その際に、農林水産業は、食料生産だけでなく、地域の環境保全、地域コミュニティーの維持などの役割を意識して、脱炭素社会に貢献する姿勢を示すことが、前回のコラムで解説したESG投資やグリーン債を引き込むことに繋がると考えられます。農林水産業を世界経済の視点から見ることが大切になってきています。
政府戦略として「革新的環境イノベーション戦略」が決定されています(2020年1月21日)。その中で、農林水産業におけるゼロエミッション(ゼロエミ農林水産業)が明記されています。バイオ炭の貯留などを含めて、総合的な戦略が示されています。
次回のコラムでは、ゼロエミ農林水産業のための再生可能エネルギーの利用について取り上げます。
本稿は、私が書いた総説論文「脱炭素社会のための持続可能な農業– 作物生産と再生可能エネルギー生産の両立 –」生存圏研究 第15号 p.44-52 2019年をベースにしたものです。参考文献などの詳細は、この総説をご覧ください。
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