シリーズ『農×エネルギー活用による未来志向の地域デザイン』。第2回目の今回は、京都大学の柴田先生が「気候変動をチャンスに変えるには、どうしたらよいか」を考えるにあたり、知っておくべき「国内外の再エネ生産の動向」および「農業/エネルギーに関係する主要なキーワード」を紹介します。
コストが高い日本の再エネ生産
前回のコラムでは、NTTデータ経営研究所の新見さんが、農地を利用した再生可能エネルギーの生産によって収益性の向上を図れる可能性があることを指摘されました。
本稿では、国内農業が抱えている様々な問題を解決する一つの糸口として、「作物だけでなくエネルギーも生産する農業」の技術的な背景を数回に分けて紹介し、気候変動というピンチを農業分野でチャンスに変えるためには、どうすればいいかを考えてみたいと思います。
「再生可能エネルギー生産のコストが高いので、現実的ではない!!」と考えている方は多いと思います。
しかし、現在、世界の電力の中で最も安価なエネルギーは、風力と太陽光発電で得られています。風力は2011年ごろから、太陽光発電は2015年ごろから、世界では化石燃料由来の電力よりも安くなっているのです。
日本国内では再生可能エネルギー生産の普及が遅れていることなどもあり、風力、太陽光発電のコストが高くなっています。しかし、農地などを使った再生可能エネルギー生産が普及すると、世界レベルのコストになることが期待できます。
日本国内で再エネを生産する意味
「そもそも狭い日本で再生可能エネルギーを生産するだけの意味があるのか!!」と考えている方は多いと思います。
しかし、前回のコラムで指摘されているように、日本には、全エネルギー消費量に見合う十分な再生可能エネルギー生産能力があります。ただし、風力や太陽光発電のような再生可能エネルギーは変動が激しいので、蓄エネルギー技術とうまく組み合わせることが課題となります。
再生可能エネルギーは太陽エネルギー由来なのでタダですが、再生可能エネルギー生産を始めるための初期投資額が大きいことが問題になります。この問題の解決には、農業を取り巻く地域コミュニティーの課題など、複雑な要因を考えることが必要になります。
ただし、これが解決できると、収益の向上、地域の復興など、農業や農村を含む地域コミュニティーが抱えている課題の解決にもつながり、大きなチャンスになります。
国内で再生可能エネルギーを導入する際に、再生可能エネルギーを取り巻く世界の状況を理解しておくことが大切です。なぜなら、世界の経済は再生可能エネルギー導入に向けて大きく動いており、その影響は農業にも及ぶからです。本稿では、世界の状況を紹介することから始めます。
作物だけでなくエネルギーも生産する農業
16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが、国連本部で開催された気候行動サミット(2019年9月23日)において、世界の指導者たちの気候変動に対する無策を痛烈に批判した演説はあまりにも有名です。彼女のメッセージは世界中に響き渡り、世間の気候変動への関心を一挙に高めました。
さて、このコラムの読者である農業関係の方々は、この演説を聞いてどう思われたでしょうか?「作物は光合成で二酸化炭素を吸収して成長するので、二酸化炭素を固定している。だから、農業は環境に貢献している産業である。」と思っておられるでしょうか?
残念ながら、気候変動に関しては、農業は他の産業と同じく、あるいは、それ以上に温室効果ガスを排出している産業です。
確かに、作物、穀物は光合成で二酸化炭素を固定します。しかし、これらはすぐに食料として消費され、ヒトや動物の呼気として、二酸化炭素を再放出します。つまり、その部分だけをみれば、二酸化炭素の増減はプラスマイナスでゼロです(厳密には、作物に由来する少量の有機物は土壌に固定されています)。
また、現代農業では、作物の栽培に多くのエネルギーを消費しています。75億人の世界人口を支えるには化学肥料の使用は必須ですが、窒素肥料の製造には人類が使うエネルギーの数パーセントを使っています。
作物の収穫、保冷、運搬などにも多くのエネルギーを使います。これらのエネルギーの大半は化石燃料に由来しているので、農業は全体としてみれば、二酸化炭素を放出している産業であると言えます。
さらに厄介なことに、農業に伴って生じるメタン、一酸化二窒素は二酸化炭素よりも強力な温室効果ガスであるために、GDP比あたりでは温室効果ガス排出量が多い産業になっています(下図)。
再エネによる化石燃料の代替の現状
気候変動の抑制には、化石燃料の使用を大幅に抑える必要があります。2015年には国際的な枠組み「パリ協定」が採択され、大気温度の上昇を産業革命以前に比べて2℃までに抑えることが目標となりました。
企業活動で使うエネルギーの100%を再生可能エネルギーに代替することを宣言する企業活動を支援するRE100プロジェクトが始まっています。Googleなど環境意識の高い企業が参加しており、日本企業も参加しているところがあります。
化石燃料を代替するには、再生可能エネルギーを大幅に導入する必要があります。上述したように、コストが下がり、現実的な選択肢として再生可能エネルギーが使えるようになってきたのですが、化石燃料から再生可能エネルギーへの変換には余計なコストがかかるので、遅々として進まないという現実があります。このことが、グレタ・トゥーベリさんの痛烈な批判につながっています。
気候変動を農業のビジネスチャンスへ
一方、気候変動に向き合わなければ、経済そのものが成り立たなくなるとの懸念が広がっており、最近では、状況が変わりつつあります。むしろ、気候変動への対応は、新たなビジネスチャンスである、と考えている方々が増えています。農業も例外ではないと思います。
以下では、農業/エネルギーに関係する主要なキーワードを簡単に紹介します。
SDGs(持続可能な発展目標、 Sustainable Development Goals)
最近は、どの新聞をみても「エスディージーズ」の記事をみない日はない状況です。国連は2015年に、人類の共通の課題を整理し、2030年までに達成すべき17項目の目標としてSDGsを定めました。
現代社会の豊かさとの裏返してとして、貧困、紛争など多くの負の遺産が残されています。SDGsはこれらのアンバランスを発展的に解消する試みとも言えます。食料生産、エネルギーなど農業を取り巻く課題も含まれています。
バイオエコノミー
今までの化石資源に依存した経済から脱却するために、化石資源の代替品をバイオテクノロジーや農業を使って生産することをベースとした経済が今後は必要であるとの考え方から、OECD(経済協力開発機構)は「バイオエコノミー」という概念を2009年に示しました。それ以降、多くの国々でバイオエコノミー政策がとられるようになってきました。
しかし、先進国の中では日本だけがバイオエコノミー政策が遅れていました。その時期に、東日本大震災とその後の原発事故があり、それどころではなかったのかもしれません。
2016年になり経済産業省はNEDOバイオエコノミー調査委員会を立ち上げ、現状報告書を出しました(ちなみに、この委員会の委員長を私が務めました)。その後、バイオエコノミーへの機運が高まり、2019年6月21日に政府のバイオ戦略が閣議決定されました。今後、農業も含めたバイオエコノミーが普及することと期待できます。
サーキュラーエコノミー
今までの経済活動では、製品の消耗品化が進み、資源が無駄に使われ、そのことが環境への負荷を高めているとの反省から、経済活動で生じる物質を循環的に使うことが求められるようになってきました。
農業分野では、主要な肥料成分であるリン酸は、リン鉱石から生産されますが、リン鉱石そのものの資源量には限りがあります。農業で使ったリン酸を河川に放出することなく、回収して使うことが今後は必要になってきます。
公共投資、ESG投資、グリーン債
これまでの世界の経済を支えてきた化石燃料からの脱却は容易ではないので、政府のレベルでの積極的な支援が必要となります。バイオ技術で製造する製品は、同等な化石資源由来の製品と比べるとコストが高くなり、特に初期の段階では競争力を持ちません。
アメリカの農務省では、政府が調達する場合は、バイオ製品を積極的に購入する方針BioPrefferedプログラムを定めています。政府調達は税金で賄われているので、国民の理解が大切となります。
経済界では、環境に配慮した投資の動きが活発化しています。環境(Environment)、社会(Society)、企業統治(Governance)を重視したESG投資では、世界の全資産運用資金の3割近く(3,400兆円)に達しています。
資金の用途を環境関係に限るグリーン債も増えています。また、石炭火力発電事業からの投資撤退(ダイベスティメント)までもが始まっています。農業分野のESG投資も考えられます。
国連「家族農業の10年」
小さな田畑で農業を行う家族農業は、世界の食糧生産額の8割以上を占めており、経済、環境、地域文化の面で大きな役割を果たしています。一方、飢餓で苦しむ人々は8.2億人いると推定されており、極端な貧困層の8割近くが農村地域に暮らし、農業に従事しています。
家族農業を支えることが世界の食料安全保障の確保と同時に、貧困の撲滅に大きな役割を果たすとの期待から、国連は2019年から2018年を「家族農業の10年」として、各国に行動計画の策定と展開を求めています。
国内の農業従事者は、農業以外の仕事についているケースが多いので、極端な貧困には至らないのですが、収益性の点で、世界の家族農業と共通する点があります。日本農業のピンチをチャンスに変えることができれば、そのモデルは世界の家族農業にも貢献できる可能性があります。
地域循環共生圏
地域資源を活用して、自立・分散型の社会を形成し、地域の活力を最大限に発揮させようとする構想です。環境省が中心となって活動しています。その中には、「地域の多様な課題に応える脱炭素型地域づくりモデル形成事業」などが含まれています。地域の主要産業である農業とも関係性が深い構想だと言えます。
これらのキーワードは、化石資源社会から脱炭素社会への脱却に向けた社会活動を表しており、それらの関係性をまとめると次のような図になります:
次回からのコラムでは、今回紹介したキーワードと関係付けて、農業における再生可能エネルギー生産や再エネ駆動型スマート農業の可能性について紹介します。
本稿は、私が書いた総説論文「脱炭素社会のための持続可能な農業– 作物生産と再生可能エネルギー生産の両立 –」生存圏研究 第15号 p.44-52 2019年をベースにしたものです。参考文献などの詳細は、この総説をご覧ください。
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