(株式会社マイナビ 農業活性事業部中央営業部長 佐々木 康人)
はじめまして。株式会社マイナビの佐々木です。現在、農業総合情報サイト『マイナビ農業』の運営等を行う農業活性事業部で営業部長を務めています。
前回は事業部長の池本より、農業をビジネスとして成立させていくためには人材採用が重要である旨、お話させていただきました。
そこで私からは、これまでの営業活動を通して見えてきた農業界における人材採用の課題やその解決策について、経営者支援の観点からお話したいと思います。
私はマイナビに営業職として入社し、企業の新卒採用を支援する事業部でプレイヤーとマネジメントを5年ずつ経験しました。規模や業種、業態も多岐にわたる計約1,000社の人材採用・定着・育成に関する支援をしてきた経験を生かしつつ、営業マンとして新しいことに挑戦しようと、立ち上がって間もない農業活性事業部に活躍の場を求めたのが2018年のことです。
マイナビにとって農業は未知のマーケット。どこにどんなニーズがあるのか、すべてが手探りでした。それでも、多くの農家様、自治体様のお困りごとは「人」に収れんしていることが営業活動を通じてすぐにわかりました。
当時、北海道・東北エリアを担当していた私は過疎地域へ足を運ぶ機会も多く、より人材不足や高齢化の深刻さを肌身で感じていたこともあって、営業活動の方向もおのずと人材に関する支援が主となっていきました。
人が集まる組織、去る組織
人が思うように集まらないという話は、全国各地の農業法人様へ訪問した際に最も多く聞かれるお悩みの一つです。では、自社に人が集まらない、もしくは人が離れていく背景には、どのような理由が考えられるのでしょうか。
人材獲得の土俵は採用マーケット全体
まず人材獲得の土俵に上がる前に、自社の情報が表に出ていない状況を何とかしなくてはなりません。
以前、営業活動に際して北海道内の酪農業界売上上位50社を全て調べたことがありましたが、その中で採用ホームページをお持ちの法人様は約1割にとどまり、ターゲット(新卒、中途など)を意識してつくられていたのは1、2社ほどしかありませんでした。これではいくらマッチングイベントに出展したところで、実態が見えずに求職者から敬遠されても仕方ありません。
ここで「業界全体が同じような状況ならば問題ないのでは」と思われる方がいるかもしれませんが、実はこれが大きな勘違い。
農業界では同業者間や同じ地域の中だけで戦おうとするケースがほとんどですが、人材獲得の土俵はあくまで採用マーケット全体。そこにはあらゆる産業がひしめいており、勝ち抜くには他産業と同程度の投資をしなければなりません。しかし、前回記事でもご紹介した通り、人を採るためにお金をかけるという意識は当時の農業界には希薄でした。
こうした背景もあり、我々はこれまで、営業活動を通じて農家様や生産法人様に採用マーケットの中でどう戦っていくべきかを伝えてきました。それにいち早く気づいた方々は成果を出し始めています。
人材の定着において重要な「心理的安全性の担保」
「人材を採用してもすぐに辞めてしまう」。これもよくある話です。人が定着する職場の共通点はさまざまですが、特に重要なこととして心理的安全性の担保が挙げられます。
従業員が恐怖や不安を感じることなく自分の意見を発信でき安心して働ける状態を指す言葉ですが、そのためには経営者自身がどれだけ意識してコミュニケーションをとれるかにかかっています。
従業員は単なる労働力ではなく、一緒に働いていく仲間です。ある種の平等性があり、安心して率直に意見を言えて、素朴な疑問を投げかけることができ、違和感があれば気兼ねなく言えるような状態を、経営者がつくろうと努力することが大切。
こうした組織では経験上、人材が定着しているだけでなく、自立して仕事をこなす従業員によって現場が円滑に回るといった好循環も多く見られます。
争奪戦の様相を呈する農業界の人材採用
農業法人のみならず、各自治体の間でも人材確保が熱を帯びています。先ほども話したように農業界が戦うべきは採用マーケットであり、競合するのは他産業です。
しかし、新卒市場で農林水産業を志望している人は全体の1.9%しかいないのが実情(マイナビ調べ)。その原因は、業界全体としての発信力が他産業と比べて非常に弱かったことが考えられます。
業界の発信力は個々の企業のPRの総和です。まったく情報発信していない事業者が多い農業は相対的に弱くならざるを得ないのが現状です。
農業には他産業と勝負できるポテンシャルがある
情報発信をしなければ、求職者がやりがいや将来性に気づけないのは当然です。
近年の新卒者の就職観を見ると、楽しく働きたい、個人の生活と仕事を両立させたいと考える人が多く、企業規模やネームバリューではあまり選ばれなくなっています。加えて、農業は天候リスクがあり不安定かもしれませんが、実際に経営の安定が就職先を選択した動機になっているケースは、実はそれほど多くはありません。
それよりも成長できる環境や人間関係のよさで就職先が選ばれているケースが多いため、それらの魅力を打ち出すことで農業は十分に他産業と勝負できるポテンシャルを秘めていると思います。
最近訪問した愛知県の農家様では“電車で通える農家”を目指していて、女性を雇用して組織を活性化したいからとファシリティを新築しているところでした。また、茨城県の有機農家様では、将来はオーガニック本場のドイツで農場経営をしたいという話を聞いておもしろいなと思いました。
こうした取り組みをどんどん世に打ち出していくことで、業界全体の印象も変わっていくでしょうし、自社の取り組みや理念に共感し、門をたたいてくれた人材が育ち、定着していくことで、農業はビジネスとしていくらでも広がる可能性を秘めていると考えています。
採用マーケットの中で戦える準備を!
誰でもいい、今は間に合っている、近所の倅が来てくれる。ついつい口にしがちですが、これでは事業はうまくいきません。
農業経営に重要なのは、会社の方向を示し、それを実現するためにどんな人材が必要かを考えぬくこと。そうした人材を獲得するために、働き手にとってより良い職場環境に整えたうえで、明確になった人材がどこにいるのかを見極めて情報を発信していくことが大切です。
繰り返しになりますが、人材がほしいと思うなら、戦うべきは採用マーケット。あらゆる産業や企業の中で自分たちの武器は何なのかを整理して、採用マーケットの中で戦える準備をしていくことが大切です。
自らの理念やビジョンに共感してくれる人材を集めて育て上げ、定着させることが、自社の力になるのです!
次回は、獲得した人材を育てる上で経営者が意識するべきポイントについて、自身の体験談を交えてご紹介いたします。
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