今回は、前回の山形県戸沢村と同じように自治体主導の施策として、農業をはじめとする一次産業に着目し、それを支援する取り組みをしながら様々な効果を上げている神戸市の取り組みをご紹介します。
「ごちゃまぜ」の神戸で
神戸市はごちゃまぜです。もちろんいい意味で。
神戸を訪れたことがある方はご存じかと思いますが、市内に海、都市(企業のビルやショッピングモールなどに人があふれるいわゆる都会)、山、里山(農村)が全てそろっています。また、街を歩くと旧居留地、北野異人館街など、異国情緒あふれる風景と今の日本の都市の風景が絶妙に融合していることを感じると思います。
神戸市 経済観光局 農水産課 食都神戸担当の山田隆大課長は、この「ごちゃまぜ」をうまく活用しながら、自治体主導のいくつもの施策を推進しています。
山田さんは農業職という職種で神戸市に就職し、継続して食農領域の仕事をしています。国策を中心とした農政の仕事が毎年同じように繰り返されるなかで、市の課題はどんどん山積していく状況に疑問を持ち、何かしなければ、という問題意識が強くなったと言います。
外の世界を知り、人と人をつなぐ
この時思いついたのが、「外の世界を知り、人と人をつなぐ」という突破法でした。
2012年、それまで学園祭などで交流のあった学生たちに、神戸の農・漁業の存在を知ってもらおうと、『KOBE“にさんがろく”PROJECT』を立ち上げます。神戸市の農業者、若者(学生)、企業をネットワーキングし、神戸産の農水産物を主な素材にモノづくりをしてみよう、というのがこの時の志でした。
この時の学生たちの前向きな活動の様子に手ごたえを感じた山田さんは、こういった多世代・多業種が関わる活動をイベントではなく、継続的な取り組みにすべく、民間事業者と一緒になって「EAT LOCAL KOBE」プロジェクトを始めます。
“生産地としての神戸”が土地と産物、物量では他の生産地と対等に戦えないと考えた山田さんは、“人”に焦点を当て、これを魅力として育てていくことを始めます。この活動も、最初は予算も明確なゴールもなく始まりましたが、人づてにコミュニティが広がっていき、徐々に大きな活動になってきます。
『食都神戸』構想
そんなころ、市にはちょうど神戸市役所の隣にある東遊園地の有効活用という課題もあったため、「EAT LOCAL KOBE」の枠組みの中で東遊園地を使い、ファーマーズマーケットを実施することにしました。
その後も、様々な個別のプロジェクトを立ち上げながら、これらがバラバラにならないように大きなビジョン(構想)としてまとめたたものが『食都神戸』です。
『食都神戸』のWEBサイトを見ていただければわかるように、現在はこのWEBサイトを市が運営しながら、先ほど紹介した『にさんがろくPROJECT』や、『EAT LOCAL KOBE』だけでなく、いくつものプロジェクトがこの“傘”のもとで生まれ、動いています。
2018年、空き家対策や農村移住・新規就農対策に取り組んでいた山田さんは、今度は「神戸の農村に対して外の情報を継続的に提供する」枠組みとして、半年間のスクール形式の取り組み「農村スタートアップ」を立ち上げます。この取り組みは3年目を迎え、その卒業生による事業立ち上げもちらほらと始まっています。
戦略的「ごちゃまぜ」と自治体職員の役割
山田さんは佐賀出身です。今でこそ、神戸在住期間の方が長くなった、と笑いますが、そういったある種のよそ者であることが、山田さんをシリアルイノベーター(成熟した組織の中にいながら連続的にブレークスルーをしていく人)にしている大きな要素なのではないかと思います。
山田さんには、以下のとおり、こういった様々な取り組みを動かしていくに当たっての、確立された方法論があります。
①外の世界で起きていることを吸収する
②自分の感性で人と人をつなぐ
③自治体の立場として場を提供する
とにかく山田さんは勉強熱心です。食都神戸を立ち上げ推進するために、ファーマーズマーケットを学びにポートランドへ、スローフードを学びにイタリアへ、食の地域ブランディングを学びにサン・セバスチャンへ実際に足を運び、現地の人の話を聞いています。
国内でも岡山県の西粟倉村、徳島県神山町とつながり、そこで活動する人を神戸に招いて、農村住民に向けて講演をしてもらうといった取組みなども行っています。
プライベートでも神戸の地元農業者と年に一度、他県の視察ツアーを実施し、他のエリアで誰がどんな取り組みをしているのか、話を聞きに行っていると言います。
規模感とArtの割合が同じくらいの人同士をつなぐ
人と人をつなぐ時にも、独特のつなぎ方をします。山田さんに「どういう人同士をつなぐのか」という質問を投げかけたところ、「規模感とArtの割合が同じくらいの人同士をつなぐ」という答えが返ってきました。
つまり、事業規模が同程度であり、同じようなセンスを持っている人同士をつなぐ。さらに、AさんとBさんをつなぐ時、「ここをつなぐと、きっとCさんとDさんにつながるな」と具体的イメージができるそうです。
こういった、外の情報を積極的に取りこみ、人と人をつなぎ、ある程度「種」ができたところで、自治体ができることとして、リアル/バーチャルな“場”を提供し、その場でつないだ人同士が自由に活動できることを支援する。
今回実際に取材した農村スタートアップを起点とするHATA+BE+、EAT LOCAL KOBEをすすめるなかで生まれたFARM to FORKやFARM STANDなど、確かにアートの要素がふんだんに入っており、ゲストにとても心地よい空間が提供されていました。
プロジェクトの足りない部分を自分で埋める
山田さんのお話を聞いていて、もう一つ、強く感じたことがあります。山田さん流の「ごちゃまぜ」は、やみくもに人と人をかき混ぜているのではなく、面倒な部分や自走化に向けて障害になる部分を冷静に見極め、そこを自らの手できちんと支えているということです。
これは、プロジェクトを立ち上げ、進める中で、各プレーヤーとの丁寧な対話をしていること。またその対話を通じ、それぞれがやりたいことや想いの強さを正確に把握し、さまざまなプロジェクトで異なる「足りない部分」を自分で埋めていることであると思います。
他の自治体の事例にも見られるように、こういった一見地味な部分に、プロジェクトが進むポイントがあるのだと思います。
軽やかに、伸びやかに。
今回ご紹介した「農村スタートアップ」、「にさんがろくPROJECT」などに参画し、実際に活動を行う地元の方々の様子を動画でお伝えしていますので、ぜひご覧ください。
【前編】
人同士をつなげ、足りない部分を自分で埋めてプロジェクトを推進してきた神戸市職員の山田さん。神戸市の漁業の未来を変えたいと語る神戸市漁業協同組合の尻池さん。お二人へのインタビューを通じて、神戸市の一次産業に関する取組みが目指す姿を読み解きます。
【後編】
農村スタートアップを起点として生まれた「HATA+BE+(はたび〜)」。そこに集う様々なバックグラウンドを持つメンバーに、自身の農業との関わり方や、地域の農業への思い、行政への期待等について語っていただきました。
山田さんや、動画で取り上げた皆さんに共通するのは、とても軽やかに、そして伸びやかにイノベーションを起こしているということです。
それぞれのお話を伺うと、直面している課題は深刻で、一筋縄ではいかないものも多いですが、そういった課題に対し、眉間にしわ寄せ肩肘張って取り組むのではなく、「まずはやってみよう」といういい意味での軽いノリで取り組みを始めています。
こういった活動を行う地元の方々の、「プロジェクトに対する軽やかなかかわり方」は、本コラム冒頭でお話しした、神戸の「海・都市・里山・農村」が近距離に存在しているという、地理的特性も大きくかかわっているのかもしれません。
動画で取り上げた「HATA+BE+(はたび〜)」の活動をぜひご覧ください。メンバーは、都市型企業で働くのか、新規就農するのかと2者択一で選択するのではなく、都市型の仕事もやりながら農場での活動に並行して取り組むということにチャレンジしています。
神戸の『心地よいごちゃまぜ』
今回もまた、ご紹介した事例を“成功事例”として、読者のみなさんに「これをまねした方が良い」とお伝えするつもりは全くありません。神戸には神戸の特性や事情があり、神戸でなければできないことも多くあります。
ただ、神戸市の山田さんが実践されている『戦略的かき混ぜ』は、「アグリ5.0に向けて」第2回でお伝えしたポケットマルシェの高橋博之さんの振舞い方に非常に近く、『外からの情報を柔軟に取り込み、自治体としてできることに公私入り乱れて最善を尽くす』というスタンスは、前回ご紹介した戸沢村の阿部和雄さんを彷彿させるものがあります。
神戸市は150余年前の開港以来、外からの人を受け入れる素地があります。山田さんも「まずは神戸に来てみて、知ってもらうことが重要」と言います。読者の皆さんもぜひ、今回ご紹介したWEBサイトをご覧になっていただき、神戸の『心地よいごちゃまぜ』を体験しに行かれてはいかがでしょうか。
■動画 前編:https://youtu.be/r6NodPVeRBY
■動画 後編:https://youtu.be/GQ4OFJk0wLY
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