ナカバヤシが農業を始めた理由
農業を通して製本技術を守る
農業を行っているナカバヤシ株式会社 兵庫工場は、1973年以来、兵庫県養父(やぶ)市にて、日本有数の諸製本(もろせいほん)を扱う専用工場として稼働してきました。
諸製本(もろせいほん)とは、出版された本や雑誌などを仕立て直す製本のことで、複数冊の雑誌を1冊のハードカバー仕立てに仕立て直す雑誌合冊製本(ざっしがっさつせいほん)をはじめ、 新聞や論文の製本、古い資料の修理・修復などを行っています。
日本国内の大学図書館、公共図書館の8割以上のシェアを占め、製本・資料保存に特化した専用工場としては日本最大級の規模と言えます。
しかし、 近年の出版数の低下やデジタル化の潮流により、製本生産冊数が減少傾向にあるなか、工場稼働率の平準化、オートメーション化できない“職人の確保・技術の伝承”が課題となっていました。今後も製本業を継続するためには、熟練した職人の技術が必須です。
前回ご紹介した通り、2015年よりにんにくの生産で農業事業に参入、製本業が比較的落ち着いた時期に農作業に取り組むサイクルが構築できました。年間を通して業務の平準化が図られ、雇用の維持、職人の育成と製本技術の伝承に努めています。
製本業と農業 二刀流の実現
製本業のクライアントの多くは大学図書館です。学生の利用が落ち着く夏休みの7月〜9月、春休みの1月〜3月の期間が工場にご注文が集中する繁忙期です。一方でそれ以外は閑散期となってしまいます。
にんにく生産の繁忙期は、植え付けが9〜10月・収穫が5〜6月となっており、にんにく生産に参入することで業務の繁閑が解消することがにんにくを選んだ理由の一つです。社員は製本業・農業を二刀流で行い、年間業務を平準化することができました。
また、前回ご紹介した通り、周辺地域の風土と標高の高低差を活かし、日本でも稀有な2種類のにんにくを栽培することに成功しました。
平地の圃場では、主に九州や四国で栽培されている暖地系にんにく金郷純白「やぶひこ」を栽培。一方、標高約500mの高地の圃場では、青森県を中心に栽培されている寒地系にんにくホワイト六片「やぶひめ」を育てています。
暖地系にんにくが早い収穫を迎え、その後、寒地系にんにくの穫り入れ期となります。それぞれ収穫時期が重ならず、差異があることが、農作業の平準化にも寄与しています。
前述の通り、私たちの本業であった製本業は繁閑の差が大きいことが悩みでした。たくさんの社員を雇用し、働き続けてもらうためには、1年を通して安定した業務配分が求められます。
しかし、農業も(年間を通して決して目が離せないものではありますが)、一毛作の場合、作物によっては、植え付け・収穫時期とそれ以外の時期で繁閑の差が大きいことが、課題の1つなのではないでしょうか。
私たちが農業に参入したきっかけは、本業である製本業をサポートするためというものでしたが、日本における未来の営農者の視点から、農業の閑散期に、そこにフィットする別業務を併せて営農を考える事例としてベンチマークになれば光栄です。
農業を通して生命関連産業のリーディングカンパニーへ
ナカバヤシの生命関連産業
私たちナカバヤシ株式会社は、ポストコロナ・アフターコロナ時代の世界の変化を見据え、2021年11月に京都大学 広井良典教授が提唱する「生命関連産業」の思想を採択し、企業のコア・コンセプトとして掲げました。
2000年以降、デジタル情報技術による効率化・時短化が加速度的に進んできましたが、コロナ禍を経て、私たちが人間らしく幸せに生活するためには、人と人の交流や有意義な時間を過ごした満足感・文化的なふれあいなど、“WELL-beingな暮らし”“心の豊かさ”は決して蔑ろにできないものであると、ひとりひとりが再認識するきっかけになったのではないでしょうか。
私たちは、コーポレートメッセージ「思いを守る、明日へつなぐ」をもとに、人々の心の豊かさ、人生の文化的側面を支える商材サービスを扱ってきました。
これまで展開してきた事業領域に、広井教授が提唱する生命関連産業分野 ①健康・医療、②環境(再生可能エネルギーを含む)、③生活・福祉、④農業、⑤文化がフィットしたことから、この思想をコア・コンセプトとし、中長期的な視野で、私たちは生命関連産業のリーディングカンパニーになることを目指しています。
生命関連産業とは、人の幸福度・生活満足度=生命/生活(ライフ)への関心、価値、満足度にリンクした産業のことです。
私たちはこれから人々の幸福度・生活満足度向上をテーマに、あらゆる商品・サービス・事業を展開していきたいと考えています。社会的な幸福度・満足度にとどまらず、環境への配慮(気候変動対策、脱炭素化社会の実現など)や、生物との共存など、ミクロ・マクロ両方の視点を含んだあらゆる生命/生活(ライフ)を包括しています。
また、ローカルな単位で地域を良くすること、SDGsを意識し誰一人取り残されない持続可能な社会の実現に向けた取り組みも私たちのこの目標に含まれます。
農業の役割
農業事業も、これからはこの生命関連産業の一つの事業軸として役割を果たしていきたいと考えています。具体的に、この側面で私たちができる農業の役割と貢献とは何でしょうか。一例を考えてみます。
経済や社会の側面から見ると、地域経済の循環促進と自立支援、雇用創出と人口流出防止があげられます。また日本で消費されるにんにくの約半分は輸入品です。国内生産量を増やし食料自給率を上げること、安心安全な食材を持続可能な方法で提供することも貢献できると考えられます。
また、環境保護の側面から見ると、農業を通して地域の環境保全や生物多様性の維持、さらには景観の整備の一助になっているのではと考えています。
ナカバヤシでは、周辺地域に点在する70箇所もの農地を引き受けてにんにくの圃場として活用しています。農地の耕作を継続することは、雑草や害虫が発生して近隣の農地や生態系に悪影響を及ぼすことを防ぐ、水害など災害時の土砂災害を防ぐ、水質を浄化するといった役割があります。
市場原理主義から派生する利益優先の思想から、地球環境も私たちの心も“豊か”であることが重視される時代にシフトしつつあります。私たちも農業を通して、企業が“地域社会”“自然環境”の中で存在する意義を、今後も模索し提示していきたいと考えています。
シリーズ『挑む!ナカバヤシが取り組む持続可能な農業』のその他のコラムはこちら
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
公開日