(株式会社ルートレック・ネットワークス)
第1回、第2回のコラムでは、国内における環境制御装置の歴史や、オランダの施設園芸への国内への影響について、20世紀末から現在に至る環境制御技術の動向の一端をご紹介をしました。
第3回では、そうした動向とは別な流れとして、UECSの開発と施設園芸への導入について、ご紹介します。
UECSとは
UECSの成り立ち
UECS(ユビキタス環境制御システム、Ubiquitous Environmental Control System)は東海大学開発工学部の星岳彦教授(当時)が生みの親として知られています。
星教授は文献1)で、20世紀末に勃興した「ユビキタス・コンピューティング」の発想を施設園芸の環境制御システムへ導入することについて述べています。そこでは「どの環境制御機器やセンサにもコンピュータが内蔵されており、それらが自律的にしかも協調して環境制御をするようにしようと、ユビキタス環境制御システム」としてUECSを命名した、とあります。
従来の環境制御システムが普及しなかった理由
星教授は文献2)で、施設園芸の環境制御システムの普及が進まないことについて、価格が高いことと、規格が統一されていないことをあげ、すでに様々な機器にコンピュータが組み込まれるようになった当時の時代背景より、自律分散システムを提案したことをあげています。
そこでは「従来の環境制御システムの核である集中制御型の温室コンピュー タを廃し、各センサや機器に小型低価格なネット化マイコンを内蔵したノードを設置する。」とあり、「 各ノードは、施設のLANを介して通信しながら内蔵されたセンサや機器の計測制御を自律的に協調しながら行う。」とあります。
そして「通信における計測値、設定値、操作量などは公開規格化されているので、製造会社の異なるノー ドを混在させてLANに接続しても連携した動作を可能にしている。」とあります。ここでのLANはEthernetを利用しています。
UECSのメリット
UECSのメリットとして、星教授は以下をあげています。
①ネット化マイコンの温室内での複数台使用による量産効果
②ノード通信の接続の公開規格化によるソフトウエアの共用化や開発の分業化
③センサーや機器接続配線工事の軽減とコスト低減
④分散制御による段階的導入と小規模から大規模への対応
このように、従来の環境制御システムとは異なる特徴を持つUECSは、その後も農林水産省の研究開発プロジェクトなどで開発と実証が行われ、実規模の施設園芸への導入がみられるようになりました。
UECS研究会の立ち上げと実証の進展
国内でのUECSの普及
国内のインターネット環境の整備と携帯電話、携帯端末の普及にともない、ネット接続にも親和性の高いUECSの普及は徐々に進んできたと言えます。また星教授の当初の構想にある、製造会社の異なるノードの混在、それを実現するための様々な企業や組織による環境制御システムの開発も行われるようになりました。
文献3)では、黒崎秀仁氏(西日本農業研究センター、現在のUECS研究会会長)が、2006年に発足したUECS研究会の活動について詳細に述べています。UECS研究会では規約策定を行い、その普及のためオープン化の活動を行っています。
文献3)には、同年に野菜茶業研究所武豊研究拠点(愛知県武豊町)に建設された10a規模の低コスト耐候性ハウスに、屋外気象センサ、温湿度センサ、側窓巻上げ機、天窓、保温遮光カーテン、暖房機、各種コンソールなどのUECS対応機を備えた、とあります。このハウスは、高軒高で装備化されたもので、太陽光利用型植物工場と呼ばれたもの、トマトのハイワイヤー栽培などの実証が行われました。
実際の栽培環境でのUECSの実証が進み、各社のUECS対応機器を無線LANでの通信を行いながら、計測制御が行われていました。また実証にもとづく通信に関する規約の改定も行われました。
震災復興事業や植物工場事業によるUECSの活用
文献3)には「2012年には UECSの普及を担う企業コンソーシアムであるスマートアグリコンソーシアムが設立された。」とあり、また「同年、震災復典の拠点として (株)GRAが運営する大規施設園芸実証研究施設が宮城県亘理郡山元町に完成し、UECSが導入された。」とあります。
これは東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県南部のイチゴ産地での震災復興プロジェクトによるもので、1ha規模の太陽光利用型植物工場でのイチゴ養液栽培施設にUECSの導入を行うものでした。
その他にも、同じ時期に実施された農林水産省の植物工場実証・展示・研修事業により、千葉大学、農研機構、三重県農業研究所など植物工場実証拠点へのUECS導入もおこなわれました。
2010年代前半における震災復興事業や植物工場関連事業によるUECSの実証が一挙に進んだと言えるでしょう。
生産者の手で作る環境制御システムへ
UECSの低コスト化
このように補助事業を中心にUECSの導入が進展したものの、UECS用のコンピューター基盤の製造数が少なく、高コストになる課題がありました(文献4))。また当初は温湿度センサーやCO2センサーも高価で、実際のハウス環境では寿命が短い問題もあったとのことです。
しかしその後にRaspberry PiやArduinoといったプログラム可能な低コスト汎用コンピュータ基板が発売され、またセンサーの小型化や価格低下も著しく進みました。そうしたものを利用し、生産者などが自作でき低コストで導入できるUECSについて、いくつかの研究プロジェクトが行われました。それらの成果は文献4)に詳しく書かれています。
UECSの自作に向けた環境整備へ
UECSの環境計測ノードや環境制御ノードなど、主要な機器を自作するための情報が整理され、実際に自作により生産者や研究者が環境制御を行った事例も紹介されています。
また、文献5)にはUECS用ロジック開発ツールが紹介されています。これは「温室内に配置されたセンサから情報を受け取り、様々な条件判断を行った後、制御盤などに指令を与える、という複合環境制御のロジックを作成し、実行するためのソフトウェア」であり、マニュアルに沿って自分専用の環境制御プログラムを開発可能なものです。他にも様々なツールやマニュアルが農研機構やスマートアグリコンソーシアムの会員企業などを中心に開発、公開がされています。
このような自作環境が整備されるとともに、安価なノードなども販売されており、またクラウドによる遠隔監視やデータ処理も可能となっています。
クラウドコンピューティングの進展も取り込みながら、UECSは独自の進化を遂げています。文献や公開情報をもとにUECSに関する知識を高め、自作も行うことで、施設規模に応じた環境制御システムを低コストで構築可能な時代になったと言えるでしょう。
当社ではゼロアグリ公式ブログでも、地上部環境制御や地下部環境制御についての記事を公開しております。環境制御についての基礎的な考え方を知りたい方は、是非ご覧ください。
文献一覧
1) 星岳彦、2011:温室用ユビキタス環境制御システムの開発・普及、日本農業気象学会全国大会講演要旨、231-234
2) 星岳彦、2007:ユビキタス環境制御技術の開発、農業機械学会誌、69(1)、8-12
3) 黒崎秀仁、2018:UECSによる複合環境制御システムの進化、農業食料工学会誌、80(3)、160-170
4)中野明正、安東赫、栗原弘樹、2018:自分でできる「ハウスの見える化」ICT農業の環境制御システム製作、誠文堂新光社
5) 西日本農業研究センター、2019:UECS用ロジック開発ツール活用マニュアル1
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/warc_UECS1_190329a33.pdf
6) UECS研究会Webサイト https://www.uecs.jp/
株式会社ルートレック・ネットワークス
AI自動潅水施肥システムのゼロアグリの製造、販売をしています。
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