野菜の栄養価が低下している
わたしたちは現在ほど、野菜の栄養について、詳しく調べられていなかった時代から、野菜の栄養に注目して、積極的においしくいただいてきました。
ところが今、野菜に異変が起きています。それは野菜を食べる最大の理由ともいえる野菜の栄養価が、昔よりも、ずいぶん減ってしまっているという問題です。
1960年頃の野菜の栄養価と、2010年頃の栄養価を比べてみると、現在の野菜は昔の野菜に比べたらビタミンやミネラルなどの栄養価が半分くらいになってしまっています。
原因について、様々なことが言われています。
① 測定の仕方が、今と昔とでは違うとか。
② 旬がなくなり、旬でないとき、つまりその作物にとって適期でない時期に栽培されているから栄養価が上らないとか。
③ 品種改良によって、現在の品種は、病気に強いが、栄養価は低いとか。
一般社団法人日本有機農業普及協会は、野菜の栄養価の低下を深刻な問題と受け止め、どうにかして野菜の栄養価を昔のように改善したいと考えています。
「栄養価の高い農産物を提供し、食べる人の心身の健康を支えること」それが農業者が社会に対して、もっとも貢献できることだと考えるからです。
野菜の栄養価不足の原因は地力低下にある
堆肥を活用し地力を増進させる農業技術
日本で有機農業・オーガニックというと「安心・安全」な農産物という認識の方が多いのですが、有機農業は、そもそも地力を増進するために、堆肥や有機物を積極的に活用する農業として生まれてきました。
欧米には地力という考えはなく、土壌を持続的に使い続けるためにケアする技術が不十分であったため、土壌の回復力以上に、土壌から収奪してしまい、土壌を痩せさせて、次第に作物が獲れなくなってしまうということを起こしてしました。
欧米の方で、はじめて地力の存在に気が付いたのは、イギリス人の農業技師のアルバート・ハワード氏でした。ハワード氏は当時イギリスの植民地であったインドに赴任し、インドの土壌の豊かさに驚き、その豊かさの理由を探求します。そこで発見したのが堆肥を活用し地力を増進させる農業技術だったのです。
ハワード氏は1940年、インドで学んだ堆肥を活用して地力を増進させる農業技術を「有機物を用いた農業」という意味で「オーガニック・ファーミング」と命名し、『アグリカルチャー・テスタメント』という著書として発表します。
さらに第二次世界大戦で荒廃したイギリス農業の建て直しのために「オーガニック・ファーミング」を推進する団体「英国土壌協会」を設立します。現在のイギリスのオーガニック認証の7割が「英国土壌協会」によるものです。
日本における堆肥の活用
日本の有機農業も「オーガニック・ファーミング」の訳語であり、その目的は地力の増進なので、「農業者」主導の取り組みでよかったと思うのですが、枯葉剤を大量に散布したベトナム戦争や四大公害病の発生など、化学物質の拡散による環境汚染が深刻となり、それにより食の安全性が脅かされるという社会情勢を受けて、実際には「安心・安全」な農産物を求める「消費者」が主導する運動となって今に到ったのだと考えます。
日本はもともと堆肥を活用し地力を増進させる農業技術をもっている国でしたが、トラクターなどの農業機械の導入が進み、牛や馬で耕すこともなくなり、日本の一般的な農業は化学肥料を駆使する農業に置き換わってしまいました。これが野菜の栄養価の低下の大きな原因と考えています。
いまさら牛や馬で耕していた昔へ戻ることはできませんが、堆肥を積極的に活用して地力を増大させることはできます。
1999年には持続農業推進法ができ、エコファーマー制度がはじまり、化学肥料の窒素成分を減らし堆肥に置き換えようということになり、欧米と同様に、持続性の高い農業生産方式に転換した農業者に対して、税金を直接投入して支援する環境直接支払いもはじまっています。
法律的には、日本でも「持続性の高い農業生産方式」は「堆肥を使う農業」または「緑肥を使う農業」となっているのですが、現実には、地力の増進という目的がきちんと理解されず、畜産廃棄物や食品廃棄物をリサイクルして農地に捨てるという消極的な意味にしか理解されていないのではないでしょうか?
栄養価コンテスト!栄養価の高い野菜つくりの的を絞る!
栄養価コンテストの開催
堆肥を積極的に活用すれば、50年前のような栄養価の高い野菜ができるはずだったのですが、実際には、そう簡単にはいきませんでした。
実際に野菜の栄養価を調べてみたら、堆肥を積極的に施肥しただけでは、ただそれだけでは野菜の栄養価は上がりませんでした。有機栽培・オーガニックの野菜の中には栄養価の非常に高いものもある反面、一般の野菜と変わらないものもあるし、一般のものより栄養価が低いというものもありました。
この結果を受けて、一般社団法人日本有機農業普及協会は、野菜の栄養価の高さを競い合うコンテスト「栄養価コンテスト」を開催することにしました。
多様な栽培の農家さんに参加していただき、どのような栽培方法が、栄養価の高い野菜をつくり出すことができるのか?それを見極めるためのデータ集めです。たくさんのデータが集まれば、栄養価の高い野菜つくりの的が絞れるはずと考えたのです。
試行錯誤を重ねつつではありますが、毎年1回の開催を行っています。2018年2月24日に開催された栄養価コンテストで通算7回目となります。1年間にわたり参加募集を行い。今年は256名・101品目・432点の野菜の出品がありました。野菜は品目ごとに32部門に分けて競い合い、部門ごとに1位の方に部門最優秀賞を贈りました。
検査機関はデリカフーズグループのメディカル青果物研究所です。検査項目は糖度、ビタミンC、抗酸化力、硝酸イオン、食味の5つ。硝酸イオンは酸化された窒素で、化学肥料の成分です。苦味やえぐみの原因となります。
抗酸化力は、DPPHラジカル消去法という試薬で調べます。人工的につくった活性酸素に、実際に検体となる野菜を溶かしてつくった液体をかけて、人工の活性酸素が消去されるまでの時間を計り数値化するというものです。
栄養価コンテストを通じて分かってきたこと
栄養価が高い農産物は味もおいしい
栄養価が高い農産物は味もおいしいということが分かりました。逆に栄養価が低い農産物は、味もそこそこでしかないということも分かりました。栄養価が高くて体に良いとしても、味がおいしくないのでは困ります。しかし、そのようなことはないようです。
ポイントは硝酸イオンを低く抑える技術
硝酸イオンの量を減らすと、糖度、ビタミンC、抗酸化力は向上します。逆に、硝酸イオンの量が増えると、それらの値は低くなります。
有機栽培(オーガニック)であっても、硝酸イオンが高いものも多くありました。また、無肥料栽培で窒素肥料を圃場に入れていなくても、野菜の中の硝酸イオンが高めという野菜もありました。
一方で、硝酸イオンが野菜の中から検出されないという野菜があったのです。はじめは計測ミスだと誰もが思いましたが、何回、計っても硝酸イオンが計測限界以下となりました。
そのような硝酸イオンが限りなく低い野菜は、糖度、ビタミンC、抗酸化力といった栄養価が飛びぬけて高いということが分かったのです。栄養価の高い野菜つくりのポイントは硝酸イオンを低く抑える技術にあるようです。
最優秀賞 受賞者に共通する栽培方法
以下のデータは、栄養価コンテストで最優秀賞を受賞された方の成績です。チャートの緑色が栄養価の平均値、赤色が生産者の栄養価です。左に硝酸イオン、右に抗酸化力、上に糖度、下にビタミンCです。最優秀の方はみなさん50年前の野菜の栄養価を取り戻しています。これらの方に共通している栽培方法を調べた結果。
土壌分析・管理
土壌分析をしっかり行い、現状の土壌の栄養成分の過不足を把握し、土壌のミネラル成分で最適になるように施肥設計をおこなっておられます。土壌の栄養成分の管理が人為的にきちんとなされていました。
有機物を入れた地力を高める栽培
4者とも、有機物を入れて地力を高める栽培を積極的に行っています。
熊本県の八反田さんは麦後のホウレン草で麦ワラが入っています。徳島県の井口さんのトマトはサトウキビの搾りかすが入っています。兵庫県の神川さんは小松菜の栽培前に高糖度ソルゴをつくってすき込んでします。
愛媛県の大谷さんはミカン畑を歩くと、足の裏に土壌のやわらかさが感じられるほど、土壌が弾むようにフカフカです。トラクターで耕すことができないので、溶けやすい堆肥をまいて、そこから溶け出した水溶性の堆肥成分で土壌を団粒化しているということでした。
炭水化物を土壌に溶かし込む技術
これらの生産農家さんの野菜の糖度は、葉が光合成をしてつくっている糖の量を超えて、それ以上に糖度が高いため、根が土中の有機酸などを吸収しているものが、糖度に合算されていると考えられています。
ビタミン類やカロテノイド類やポリフェノールなどの栄養素は糖を原料に生産されるので、糖度が高くなると抗酸化力やビタミンCも高くなると考えることができます。栄養価の高い野菜つくりは、土壌に仕込むことができる堆肥や有機物などの炭水化物と関係があるようです。
炭水化物は、ただ量をたくさん入ればよいというものではなく、野菜の根は液体でないと吸収できないので、炭水化物を液状化することができれば、根から吸収でき、栄養価を高める結果となります。
高成績の方はみな、土壌に施用した炭水化物を土壌に溶かし込む何らかの技術を用いていることが分かっています。
野菜体内における糖消費の節約
硝酸イオンがほぼゼロということになれば、葉物野菜の葉は当然、黄緑か黄色くなってしまっているはずなのですが、八反田さんのホウレン草も、神川さんの小松菜も葉の緑色は濃いです。このことは栽培された土壌に、もともと硝酸イオンが少なかったことを意味していると考えられます。
両者とも有機栽培(オーガニック栽培)なので、栽培における窒素源として、化学肥料は使用せず、アミノ酸肥料を使用していますが、それだけではなく、しっかり有機物を入れることで、土中の微生物にエネルギー源としての炭水化物が十分に与えられ、微生物が土壌中の硝酸を食べてアミノ酸にする方が、アミノ酸が酸化されて硝酸になるよりも多かったということができると考えられます。
硝酸の形で吸収されると、硝酸をタンパク質にして細胞をつくるためには、アミノ酸に還元する必要がありますが、硝酸をアミノ酸にするには、光合成で生産された糖をエネルギーとして多く消費する必要が生じます。
硝酸でなく、アミノ酸の形で吸収することで、野菜の体内で糖が節約され、節約されて余った糖によって栄養価が高まると考えられます。この糖が節約されて余るということから収穫量も増えることもわかってきました。
栄養価の高い野菜を栽培できる農業者を育て、農業を生命産業にしていく
栄養価コンテストを通してわかったことは、やはり堆肥や有機物を適切に活用し「地力の増進」することが栄養価の高い野菜をつくることにつながるということでした。しかしながら、大事なポイントは「適切に活用」する方法です。
日本有機農業普及協会は、栄養価コンテストの結果を踏まえ、有機物や堆肥を適切の活用し栄養価の高い野菜つくりができる栽培技術を普及するために、教材の作成や技術指導ができるインストラクターの派遣などをはじめています。
最終的には、この栄養価の高い野菜つくりの栽培技術をマスターしたオーガニック・アグリカルチャー・エンジニアを育成し、栄養価の高い農産物をつくる産地づくりを行っていきたいと考えています。
栄養価の高い野菜を安定して生産できる技術を有した人材の育成によって、有機農業(オーガニック)の意味が「安心・安全な農産物」から、より積極的に「食べる人の心身の健康を支える」に変わっていくと考えられます。技術体系が確立したら、品質を落とさずに量産することも可能となっていきます。そうなれば、誰もが容易に手の届く価格で販売することも可能となると思います。
財政を破綻させるかもしれないというほどに医療費が増加し続けている現状を打破し、これから先は何とかして健康長寿社会を構築していかなければなりません。
そこに栄養価の高い野菜をつくることができる農業エンジニアは欠かせない存在と考えます。
かつて人の健康を保つために食料を生産する農学と、病を癒す医学とは、社会基盤を支える二大学問でした。
農業が再び、人の健康を支える産業として復権できたなら、生命を守る生命産業として再構築できたならば、食べ物の問題だけに留まらず、環境問題や田舎の過疎の問題など多くの社会問題を解決していく原動力となると考えています。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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