農業におけるAIの使い方を改めて考えてみる
今回の『アグリ5.0に向けて』では、AI(人工知能)と農業の関係について独自の視点で考えてみたいと思います。
これまでは、農領域にAIテクノロジーを活用するということを検討する際、形式知化しにくい農家の「勘と経験」をいかにAIで代替し、そのAIに従って農作業をすれば誰でも熟練の農家と同じパフォーマンスをできることを目指そう、というものが大半でした。
そこで、今回はそういった先入観を除いて広く農業とAIの新しい関係性を検討するために、あえて農業領域に対する知識の少ない、AIのアカデミアに話を伺ってきました。
AIのいま
調和系工学という学問
今回話を伺ったのは、北海道大学 大学院情報科学研究院 情報理工学部門複合情報工学分野 調和系工学研究室の川村秀憲教授です。
なぜかというと、川村先生が単にAIを人間に近づけることを目指して研究精度を高めているのではなく、調和系工学という学問の中で、人と人工知能が複雑に調和して有機的に相互機能することにより「人々の幸せや社会のあるべき姿」を求めようとしているからです。
川村先生は“ITの活用の失敗をAIで繰り返さないように”と考えます。
AIで何をするか
既存の社会の枠組みを前提に、代替可能な部分にITを活用するという考え方では“それまで電話回線で伝送していたFAXのデータをインターネット回線に置き換えただけで、送り手も受け手もいまだに紙を使う”ということになり、これではサービス全体がIT化したとは言えないとのこと。
AIの研究においては、『素晴らしいAI』を極めるのではなく、常に“AIで何をするか”、をまず考えているとのことでした。
人とAIの役割分担
AIで俳句を詠む
北海道大学の川村先生は、様々な取り組みをやられています。その中の二つをここでご紹介します。
一つは、『AIで俳句をつくれるか』というプロジェクトです。
これはテレビ番組でも取り上げられたことがある取り組みで、詳しくは書籍『人工知能が俳句を詠む AI一茶くんの挑戦』(川村秀憲・山下倫央・横山想一郎 共著:オーム社刊)に譲りますが、ゴールは“AIが人とともに句会に参加し、俳句を生成するだけでなく、人が詠んだ句の批評ができるようになること”です。
川村先生は、“研究者はより難しいお題を求めている。なぜならお題が難しければ難しいほど、それを探求する研究は息が長く、お題を解決するまでの道筋の中での研究成果がたくさん生まれるから”と言います。
AIが俳人のように句会に参加し、自分でつくった俳句と人のつくった俳句を批評し合う、このゴールに至るまでのプロセスはまさに課題の宝庫であると同時に未来の成果の宝庫でもある気がしました。
AIが婚活のファシリテーションを務める
もう一つは、『婚活のファシリテーションにAIを活用する』というものです。
従来のAIの活用法では、婚活サービスに申し込んでいる参加者の属性や性格、好みや言動をディープラーニングし、参加者同士のマッチングの精度を高めるというものが主だったと思いますが、この場合のAIは参加者同士の間に入り、お互いがお互いを良く知るように、コミュニケーションをファシリテートしていくという使い方だそうです。
この事例を伺った時に、一つのサービスに思い至りました。
社会貢献×副業を推進する「デイワーク」
農業の人出不足解消に向けて
農家の人手不足は深刻です。
また、農業は生産地によって同じ作物が集中する傾向があり、植え付け期や収穫期といった繁忙期が重なり、さらに人手不足には拍車がかかります。
そんなニーズを副業で解決するために生まれたのが、「1日農業バイトアプリ デイワーク」です。
このサービスは非農業従事者が自分の休みの日(場合によっては休み時間)だけを農業に提供することができ、農家は必要な時だけ時間単位で人を採用・活用できるサービスで、“農林水産業みらい基金”からも助成を受けています。
デイワークへのAI活用の可能性が示すもの
デイワークを立ち上げたKamakura Industries代表取締役社長の原雄二さんにお話を伺ったところ、現在北海道を中心にサービス利用は拡大中であり、雇う側の農家と働く側のコミュニケーションがうまくいくと、働く側はリピーターになり農家にとっても気づきが多いサービスであるとのことでした。
例えば前述の「婚活サービス」でのAIの活用法を応用し、このサービスの拡大に伴い、農家と働き手の“コミュニケーション”にAIを活用する、ということができたら、農家の人手不足が解消に向けてまた一歩近づく、ということになるかもしれません。
AIがある社会における農業とは
AIと共に歩む未来を描くために
とかくAIの未来を考える際に、「AIの研究が進むと人が要らなくなる」、「AIに人間が使われる時代が来る」といったおどろおどろしい話が話題になりがちです。
もちろん、農業経営が大規模集中化し、より生産性を高めるためのAIをはじめとするテクノロジーの活用は止めるべきではないと思います。
ただ、この「アグリ5.0に向けて」を書くきっかけとなった、内閣府が掲げる「Society5.0」が目指す社会は、あくまで「これまでの閉塞感を打破し、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合える社会、一人一人が快適で活躍できる社会」(内閣府WEBより)です。
特に国土の7割、耕地面積の4割が中山間地域であり、多くの農業大国のような大規模効率化が難しい日本の農業においては、従来とは異なる文脈で、日本らしいユニークなAI農業があっても良いのではないかと考えます。
農業アップデートに向けて
「農業をアップデートするために、一度農業を『情報・体験コンテンツ』ととらえてみてはどうか」というヒントをくださった川村先生からもう一つ、面白いお話を伺いました。特にAIの進化が著しい自然言語処理の領域では、英語の自動翻訳が最も進んでいるとのこと。
これは、英語を中心とした母国語の翻訳ニーズが最もマーケットが大きく、サンプルデータがたくさんあるため、そこへ資本や専門家、企業が集り、AIが進化していくそうです。
この話を伺い、農業とAIの新しい関係を探るためにはもっともっと、多様な視点でこのことについて議論する必要があるなと思いました。自然言語処理における英語と同じように、よりよい社会の実現に向け、各領域の人が自分たちと農業の関係性をまずはじっくり考えてみる。
もしそこで見えた課題が難しければ難しいほど、AI研究者にとっては取り組む意義や意味があり、息の長い研究につなげることができるのです。
人がかかわる価値の見直し
「手作りパン」、「オールハンドメイドの工芸品」と聞いて、それだけで価値があるもののように感じる人は多くいると思います。
なぜ農作物だけが、人の手をたくさんかけたものと野菜工場で工業製品のように作られたものが、同じ価格で競争しているのでしょう?川村先生が投げかけてくれた「農業をコンテンツととらえてみる」という、農業をアップデートするヒントを突き詰めると、もしかしたらこんな問いにも答えを出して行けるようになるかもしれません。
ぜひ読者の皆さんとも一緒に、議論を深めていければと思います。
■インタビュー動画
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