農業高校の強みと農業高校生に期待するもの
奈良県立磯城野高等学校 校長 嶋田義也
先生からのエール
「小さな到達目標を設定し、それらを一つずつ積み重ねていくことで、大きな目標に到達できる」
1.はじめに
奈良県立磯城野高等学校は奈良県立北和女子高等学校と奈良県立田原本農業高等学校が統合して2005年4月に開校した、農業科4学科と家庭科3学科を有する専門高校です。
農業科は農業科学科(食料生産コース・動物活用コース)、施設園芸科(施設野菜コース・施設草花コース)、バイオ技術科(生物未来コース・食品科学コース)、環境デザイン科(造園緑化コース・緑化デザインコース)から構成されています。
本校の母体のひとつである、奈良県立田原本農業高等学校は1902年4月開校の奈良県立農林学校(吉野郡大淀町)に始まり、1923年に現在の校地に移り磯城農学校として開校。その後1948年4月学制改革により磯城農業高等学校、同年9月田原本高等学校、さらに1958年4月田原本農業高等学校と変遷し、2001年11月に創立100周年を迎えています。
創立以来一貫して奈良県内の農業振興の一翼を担い、本校農業科はその流れをくみ、農業教育を展開しています。
2.磯城野高校の強みと農業クラブ
私は、長年普通科高校に勤務しておりました。5年前に専門高校に赴任、その後本校に異動し3年目となります。本校や前任校(工業科、商業科併設専門高校)での様々な取組を見ていくなかで、「小さな到達目標を設定し、それらを一つずつ積み重ねていくことで、大きな目標に到達できるシステム」が構築されていることに気づきました。
具体的には、専門科目での実習をはじめとして、検定、様々な資格取得や各種コンテストへの応募、地域や企業との連携、そして学習の集大成としての課題研究、総合実習、研究発表等の取組です。このような「多彩な実践を通して学びを得る」ことができる農業クラブ活動は特筆すべき取組だと思います。
その過程において、生徒達は試行錯誤を繰り返します。その中で小さいながらも、少しずつ成功体験を重ね、自己肯定感や自己有用感を獲得していきます。そして、次第に学びの意欲が高まり、より深い学びである探究活動へ興味関心を抱くようになり、積極的に取り組んでいきます。
その成果を発表する農業クラブ連盟大会で、はじめてプロジェクト発表、意見発表に出会った時の感動は、今も鮮明な形で脳裏に焼き付いています。
3.人材育成と農業教育
先述しましたように、農業科での学びは、勤労体験的要素が多く含まれ、望ましい勤労観、職業観を育みます。すなわち、実験実習を中心とした体験的な学習には、試行錯誤を重ねること、協働・協力すること、時には競い合うこと、お互いコミュニケーションをとること、そしてその成果を表現することなど、これらの一連の取組を通して、社会で必要となるスキルの基礎・基本を身につけることができます。
また、農業科教材の特性から、命の尊さに触れ、体感する機会が多く、これらの学習を重ねることで豊かな感受性と、生命を大切にする態度が自然に養われ、人間として大きく成長することができます。また、地域との関わりも強く、その中で、社会の一員としての自覚が身についていきます。
4.これからの農業と農業高校生
経済のグローバル化の中、生活に不可欠な農産物を国内に限らず世界各地から大量で安価に流通させるシステムは、危うさを含んでいるのではないでしょうか。食は生活、生命に直接関わるものですから、それぞれの地域や国である程度自給できることが必要です。
近年、農産物直売所が各地に広まり、地産地消に対する意識が高まっています。本校でも直売所「しきの彩(いろどり)」を毎週火曜日に開催し、近隣の方々を中心に本校の農産物を販売しています。また、大和野菜(奈良県の地場野菜)を生産し、直売所での販売や、プロジェクト研究のテーマにも取り上げています。さらに、本校フードデザイン科と協力し、近畿日本鉄道でイベント列車「大和野菜列車」を2018年と2019年の3月に実現することができました。
このように生産・加工・流通・販売を実体験することで、地域に必要なこと、求められていることは何であるかを肌で感じ、地域の課題や可能性を追求して欲しいと思います。グローバル化も大切な視点ですが、見えない不特定多数を相手にした生き残りの競争ばかりでは農業生産者も消費者も疲弊してしまいます。
これからの時代は、地域に根ざした農業がより脚光を浴びていくのではないでしょうか。農業高校生には自分の目の前にある地域を担う人材として、活躍の場がたくさんあるのではないかと思います。
6次産業化を提唱された今村奈良臣氏は、「1次産業の部分が 0 であれば2次、3次産業が栄えても意味はなく、6次産業化は6=1+2+3ではなく 6=1×2×3である」と言われました。数学科教員の私は、この表現が非常に印象に残っています。
慌ただしい世の中になっても、農業は種をまくことから、無事に収穫するまでの長い時間の中での営みです。このような営みの中では、先を見越して行動する、じっくり時間をかけて観察し行動することはとても大切なことです。
農業高校生は日々の学びでこの経験を積んでいます。長期的なスパンで物事をじっくり考える農業高校生の学びを十分活かして、農業を6=1×2×3の理想的な形に進化させていくことを農業高校生に期待したいと思います。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
公開日