はじめに
農業の研究はデータ収集が基本である。例えば、栽培の研究をするには、朝から晩まで圃場に出てデータを集める必要がある。
農業経営、農業経済の研究でも統計データだけでは不十分であり、農家一軒一軒を回ってヒアリングしている。時には冷蔵庫の中を見せてもらったりもする。これは、筆者もやったことがある。初めて行く農家ではポケットマネーでボールペンを買って謝礼として渡しながら、一軒一軒回って話を聞いた。
しかし、こうやってデータを集めるのはもう限界である。1年かけて集めたデータはエクセルシート上の1行にしかならない。その1行には数10〜数100の数値データしかない。10年かけてもこのエクセルシートは10行である。そのため、研究成果が出るのには数年〜10数年もかかる。当然、他分野に比べて成果として評価できる論文数は非常に少ない。選択と集中で農業研究者数は減る一方である(図1)。研究者数が減るとデータ収集はますます難しくなる。
どのようなデータが必要か?
既にある膨大なデータをかき集めて分析すれば、確かにいろいろなことが分かるだろう。ネットショッピングで提示されるリコメンドはその例である。しかし、農業では、過去のデータを全部集めたとしてもそれほど多くはない。その多くは実験ノートなどに手書きで書かれたデータであり、簡単には利用できない。
農業収益は収穫物の販売額から生産費を引いた金額である。販売額は収量と単価で決まってくる。人間でいうと、これは晩年の資産である。農業技術とは、晩年に全員がそろって大金持ちになるようにすることに相当する。それでは、晩年の資産を予測するにはどういったデータを集めればよいだろうか?
小学校の成績と晩年の資産の相関は多少ありそうである。生涯賃金と晩年の資産の相関はさらに高そうである。成績や病歴、給料、預金などのデータを時系列データとして得られれば、晩年の資産はかなり正確に予測できるだろう。
農業でいうと、収量・収益に関係しそうな生長速度等の形質、気温等環境に関する時系列データをどんどん収集すればよい。しかも、ゲノムデータ(遺伝子情報)は急速に増えている。これらを総合的に解析すれば、栽培技術の改善や品種改良を加速できると考えられる。
アメリカ、フランス等の先進国は同時に農業大国でもあるが、農業への補助金は少なくない。しかし、品種や栽培技術などの知的資産で大きな収益を上げている。戦国時代、兵糧攻めは非常に有効な武器となったように、食料生産に関わる知財は見かけ以上に大きな価値を持っている。人工知能技術の進歩によって、これからは、大量のデータさえあれば知財を量産できる時代になるだろう。
時系列データを集めるには
時系列データを集めるには高解像度カメラや多数のセンサを搭載したフィールドサーバを圃場に多数配置し、ドローンやロボット(移動型フィールドサーバ)で常時モニタリングすればよい。そこで、図2のようなシステムを考えた。
ところが、近年の圃場は農業機械による作業を前提としており、データ収集の自動化を行うためには様々な問題があった。例えば、フィールドサーバを作物の近くに設置すると、農薬散布や除草作業の邪魔となる。こういった機械作業のたびに、頻繁に設置・再設置を行う要があるため、フィールドサーバのオールインワン化を徹底し、設置・再設置が簡単にできるようにした(図3)。
しかし、設置台数が増えるとこの作業も困難となる。そこで、筐体の高さを農薬散布機のブームよりも低くした。作物の草丈程度まで低くすると電波が作物に遮られて通信しにくくなる。そこで、LPWA(ローパワー・低ビットレート遠距離通信)を利用した(図4)。
データファーム
残念ながら、LPWAでは画像等の大量のデータは収集できない。そもそも大量のデータを収集したくてセンサネットワークを使うのであり、これではインパクトが少ない。
圃場に設置した機器は耕耘や収穫の時には撤去する必要がある。撤去せずに耕耘や収穫をすると破片が飛び散り、それがジャガイモに刺さったりすると異物混入の恐れがある。
ドローンや多数のセンサで集めたデータが似たようなデータばかりでは役には立たない。土壌水分が非常に少ない場合や非常に多い場合などの極端な状況で収集したレアなデータ、すなわちロングテイルデータほど重要である。生産圃場は均一化を目指しているため、ロングテイルデータは少ない。
IoT側の技術開発だけでこういった問題をすべて解決するのは容易ではない。これを一気に解決する方法はないだろうか?
高度成長期まで、農業は主に人力や畜力による農作業が主であった。その後、農作業の機械化が始まった。基盤整備事業によってトラクタが利用しやすいよう農場の区画整理や均平化が徹底して行われた。
これと同じように、データを収集しやすいように圃場を作り変えるという方法を考えた。有用なデータを自動的に収集できるようにするために圃場を最適化するのである。このような圃場をDATA-FARM(データファーム)と呼ぶことにした。
2017年に北海道更別村の大規模生産圃場の一部に区画30m×30mのデータファームVer.1を作ってみた(図5)。ここでは、全体を防草シートで覆って雑草を抑えると同時にクロマキーのように撮影できる。極端に異なる栽培方法や環境で様々な品種、雑草などを栽培できる。多数のフィールドサーバを気兼ねなく設置し、ドローンの編隊飛行や新開発ドローンの試験飛行を行っている。
データファームには十分な電源と通信環境が提供されている。センサネットワーク、ドローン、ロボットによる計測、設置、メンテがしやすいような構造を持つ。作物、雑草等データを収集したい対象物のみが存在する区画も自由にできる。画像処理、画像認識がしやすい環境や周囲の圃場と大きく異なる環境を人工的に生成できる。最終的には、ドローンやロボットだけで農作業やデータ収集を無人で行う。
最終的にはデータファームをビジネス的に自立できるようにしなければならない。目標は「データを生産し知財で稼ぐ先進国型農業」であるが、その前に、さまざまな使い方がある。
データファームは、最先端のIoT、ドローンが性能を競うF1レース場でもある。センサネットワークやドローンを使ってDIYで育種や栽培研究を行うパーソナル農業試験場にもなる。近未来を先取りした完全無人の人工知能農業もここなら実現しやすい。
おわりに
世界的にUseless classが増えているという。Useless classは富裕層ならぬ不要層と訳される。不要層でも仕事があれば食っていける。人類は様々な儀式やしきたりを作って仕事を増やしてきた。それでも足りないと戦争をする。戦後日本は戦争ではなく、様々な資格取得、報連相、会議、コンプライアンス、情報セキュリティ、エクセル方眼紙、メールの作法、PDCA、投資等で、どんどん消費しているようである。
この眠りを覚ます黒船が来ている。黒船は人工知能ではない。「人生100年時代」である。
日本はまだ世界中から食料を買い集めることができている。しかし、開発途上国で富裕層が増えてくると、食料が買えなくなる可能性がある。そうなると、長寿をエンジョイするどころか地獄を味わうことになる。
IoT、ビッグデータ、人工知能、ロボット、やがて登場する量子コンピュータ。これらを駆使する時代はデータの時代である。データファームのオーナーになれば十分な知財収入が得られ食料の自給もできる、というのがデータファームの夢である。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
公開日