シリーズ『気象情報を活かした強い農業経営』。「気象」の専門家であり、気象データの農業への高度利用を推進されている元ハレックス社長の越智さんが、地球温暖化や自然災害の多発といった大きな変化を前に、気象データを農業経営に活用する意義や今後の展望について解説します。
1.なぜコメが主食になったのか?
なぜ日本人はコメを主食としているのでしょうか?その答えは「コメは日本原産だから」なのです。
我々日本人が今も美味しくいただいているコメは、元々日本列島原産の植物でした。縄文式土器からも当時の日本人がコメを食べていた痕跡がいくつも発見されています。
コメは弥生時代に大陸から渡ってきたと思われている方が多いのではないかと思われますが、大陸から渡ってきた(伝来されてきた)のは正しくは水田作りや田植えをはじめとしたコメを大量生産するための稲作文化で、コメ(稲)そのものは日本列島のそこら中の湿地帯に自然に(野生で)生えていた雑草だったものと思われます。
温帯モンスーン気候がもたらすジャポニカ種
その証拠に、稲には2種類あり、水田で育つ稲を水稲(すいとう)、畑で育つ稲のことを陸稲(りくとう)といいます。
このうち、当時、大陸のほとんどで栽培されていたのは陸稲です。一方で、日本のコメは水稲です。
水稲は、雨期と乾期がはっきりと交代する気候的特徴がないと栽培できません。稲は夏のモンスーンによってもたらされる降雨によって生育します。そして秋が来て乾期に変わると結実し、収穫されます。
このような気候的特徴は、四季の変化がはっきりしていると言われる温帯モンスーン気候の日本列島ならではのものです。
また、水稲は熱帯モンスーン気候の東南アジアでも多く栽培されていますが、東南アジアで栽培されているコメ(水稲)はインディカ種、日本で栽培されているコメはジャポニカ種で、品種が異なります。したがって、ジャポニカ種の水稲は温帯モンスーン気候帯にある日本列島原産のものだったと考えられます。
ちなみに、現在、朝鮮半島や中国東北部でもジャポニカ種の水稲栽培が行われていますが、その多くは、第二次世界大戦の頃に日本から伝えられたものだとされています。
「原産」が意味すること
原産というのは、もともと日本列島のそこら中の湿地帯に自然に(野生で)生えていた雑草だったということです。
雑草として野生で生えるということは、そもそもジャポニカ種の水稲にとって日本列島の気候風土が生育に適していたということです。したがって、田植えの時期と収穫の時期さえ間違えなければ、(品質や単位面積当たりの収量は別にして)その間放っておいてもそこそこ収穫できるということを意味します。
すなわち、気候風土に合っているから、生産管理が比較的楽であるということが言えようかと思います。実際、今でも兼業農家のほとんどは稲作農家です。
これが日本人にとってコメが主食になった原因ではないかと私は考えます。(諸説あります)
2.野菜や果樹の原産地
一方、野菜や果樹はそうではありません。スーパーマーケットの野菜売り場に行って、「日本原産の野菜を当ててください」とクイズを出されても、なかなか難しいかと思います。
私が調べた限りにおいて、スーパーマーケットの野菜売り場で一般的に並べられている野菜の中で厳密に日本原産と言えるのは、アサツキ、シイタケ、ニラ、フキ、ミズナ、ミツバくらいのものです。そのほかの野菜は千年、2千年という歴史の中で広く海外から日本列島に人為的に持ち込まれてきたものです。
ケッペンの気候区分と野菜の原産地の関係
以下の図はケッペンの気候区分図に各野菜の原産地を重ねてみたものです。ケッペンの気候区分とは、ドイツの気候学者で植物学者でもあったウラジミール・ペーター・ケッペン(1846年-1940年)が、植生分布に注目して考案した気候区分のことです。
ケッペンの気候区分では、寒帯、亜寒帯、温帯、熱帯、乾燥帯という5つの基本的な気候帯があり、各気候帯はそれぞれいくつかの気候区にさらに分類されます。
植生分布に注目して考案した気候区分だけに、野菜の原産地を調べるにあたっては最適なものです。下図をご覧いただくと、実に多くの種類の野菜が世界中から日本に渡来してきたことがお分かりいただけるかと思います。
●主要な野菜と果樹の原産地
カレーの具材の原産地
例えば、日本人が大好きなカレーの代表的な具材を例にしても、ジャガイモは南アメリカのアンデス山脈が原産で、日本へは1598年にオランダ人によって持ち込まれたとされています。
タマネギもイランを中心とした西アジアが原産とされ、日本へは江戸時代に南蛮船によって長崎に伝えられたのですが、最初は観賞用にとどまり、実際に野菜としての栽培が始まったのは明治以降だとされています。
ニンジンはアフガニスタンが原産で、日本への伝来は16世紀頃だとされています。
冬の野菜「白菜」の原産地
意外なところではハクサイ(白菜)。日本では冬の野菜として好まれ、多く栽培・利用されているので日本原産と思われがちですが、ハクサイの原産地は中国です。
日本へは江戸時代以前から非結球種が渡来していたのですが、品種改良により現在のように結球種のハクサイが一般的に食べられるようになったのは、なんと20世紀に入ってからのことで、野菜としての歴史はさほど古くありません。
柑橘類の原産地
これは野菜だけではありません。果実も同様です。ミカンをはじめとする柑橘類の原産地はインドのアッサム地方で、中国を経て日本に伝わったとされています。
現在一般的に食べられている西洋リンゴの原産地は中央アジア地方、コーカサスの北方地帯から西アジアにかけての寒冷地で、それが16〜17世紀ごろにヨーロッパ各地に広まり栽培が盛んに行われるようになり、日本へは明治4年(1871年)にアメリカから75品種の苗木を輸入して以降、全国に栽培が広がりました。
ブドウの原産地
ブドウの原産地はコーカサス地方やカスピ海沿岸地域で、当地では紀元前3000年頃から栽培されていた記録が残っています。
日本で古くから栽培されている甲州種のブドウは、中国から輸入されたブドウが自生化したものをもとに、平安時代末期に甲斐国勝沼(現在の山梨県甲州市)で栽培が始められたものです。
このように、現在日本で栽培されている野菜も果実も、そのほとんどはもともと日本原産のものではなく、世界中から渡来してきたものばかりです。このことは、ほとんどの野菜や果実は基本的に日本の気候風土に合っていないということを意味します。
したがって、野菜や果実栽培には手間や管理が稲作以上に必要となります。実際、野菜や果実栽培を中心に行なっている農家には兼業農家が少なく、ほとんどが専業農家であるのはそのことが大きな要因ではないかと思われます。
次回は、気候変動に対応した「適地適作」の考え方について解説します。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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