更新日
1.はじめに
自然志向の高まりなどから、土とのふれあいを求める都市住民が増加しています。他方、農業の側でも、都市住民と農業者との交流を通して農地の有効利用などを図ろうとする動きも強まっています。
一般に「市民農園」とは、都市住民がレクリエーション、高齢者の生きがい作り、生徒・児童の体験学習などの多様な目的で、小面積の農地を利用して自家用の野菜や花を育てるための農園のことを言います。開設主体は、地方公共団体、農協、農家、企業等ですが、その過半は地方公共団体開設となっています。
また、「貸農園」とは、利用者(都市住民等)に栽培指導、畑のサポート、農機具付で小面積の農地を貸し付け、農作物などを作る楽しみを提供する農園のことを言います。農業者による場合もありますが、民間企業による開設・運営の場合が多いです。利用料には、種・苗代、畑のサポート、指導料も含まれるため、市民農園と比べ高くなります。
他方、「体験農園」とは、農業者が自らの営農の中で開設し、利用者(都市住民等)は、体験料と一般的には収穫する農作物の購入料を支払い、農業者の指導・管理のもとに、複数段階の農作業を体験する農園を言います。
2.市民農園の開設方法
(1) 市民農園の種類
市民農園は大きく分けて4種類あります。特定農地貸付法(1989年)、市民農園整備促進法(1990年)、都市農地貸借法(2018年)の法律の規制のある農園と、法律の規制がないいわゆる農園利用方式による農園です。
なお、2018年成立の都市農地貸借法は、生産緑地地区内の農地(都市農地)を借りやすくするための法制度です。同法では、農地の借受け者が、①自ら耕作する場合、②特定都市農地貸付け(市民農園として利用者へ貸付け)をする場合を対象としています。このうち、特定都市農地貸付けの仕組みは、地方公共団体や農協以外の市民農園の開設者(企業、NPO等)が農地所有者から直接農地を借りて市民農園を開設することを可能とするものです。その他、基本的な仕組み、特定都市農地貸付け・承認の要件などは、特定農地貸付法と同様です。
以下、農業者(農地所有者)が自ら開設・運営する場合を中心に説明します。
(2) 市民農園の開設手続き
① 特定農地貸付法による方法
開設者(農業者)が、自ら所有する農地について、次の要件で利用者に農地を貸し付ける方式です。
ア 1人当たり10アール未満で、相当数の者を対象に定型的条件で行われるもの
イ 営利目的で農作物を栽培しないこと(利用者の栽培した農作物のうち自家消費を超える部分については販売可)
ウ 貸付期間が5年以内であること
開設者は利用者から賃料を受け取ります。開設場所には、特に制限はありません。
開設には、開設者が農業委員会に申請し、その承認を受ける必要があります。
申請では、申請書に「貸付規程」及び「貸付協定」を添付します。「貸付規程」は、農地の所在、利用者の募集や選考方法、貸付期間や賃料などを定めるものです。「貸付協定」は、適正な農地利用を確保するための方法や農地の管理方法等を定め、市町村との間で締結します。
承認の効果として、農地の権利移動の許可が不要となります(利用者に使用収益権が発生します)。
この方法の場合は、利用者に農地の使用収益権が生じるため、利用者が作物選択や栽培方法を自由に決められます。収穫物は利用者に帰属します。栽培経験がある程度ある方や、自由時間の多い高齢者層などに向いた方式とみられます。
② 都市農地貸借法(特定都市農地貸付け)による場合
この仕組みは、前述のように生産緑地区域内農地を借りて市民農園を開設する者(地方公共団体や農協以外の者)に対する農地所有者による直接貸付けを可能とするものです。
農地所有者自ら農園を開設するものではありません。
③ 農園利用方式による場合(農業体験農園)
農業者(農地所有者等)が農業経営の手段として農園を開設し、利用者(都市住民等)が農作業の一部を行うために入園し、農業者の指導・管理の下に複数段階の農作業を体験する方式です。
開設者は利用者から利用料(入園料)を受け取ります。利用者には農地を貸さないため、農地法等の規制はありません。開設場所、貸付面積、貸付期間等についても制限がありません。
開設者と利用者との間で、利用期間や利用料金等の定型的な条件を定める「農園利用契約」を結ぶ必要があります。
収穫物は、開設者に帰属するので、利用者が収穫物を取得するためには農園利用契約で定める必要があります。農園の利用は、非営利目的の栽培であって、農作業が継続して行われることが必要です。
「農業体験農園」と呼ばれる農園は、農園利用方式に分類されます。1996年に東京都練馬区で生まれた農業体験農園としての取組が有名です。この取組では、開設者と入園者との間で、利用期間や次の条件等を定める入園契約が結ばれます。
開設者は作付け計画を作成し、入園者は開設者が用意した農具、種子・苗、堆肥等を使い、農業者の栽培指導の下、同じ栽培手法で同じ作目を栽培します。入園者は収穫物を全量購入します。入園者は、農業者の指導を受けて行う農作業の入園料と収穫物の代金との合計金額(入園料等)を開設者に支払います。
農園利用方式(農業体験農園)は、基本的な農作業は農業者のきめ細かな指導によって行い、また必要な農具。種子・苗等は開設者により用意されるので、初心者など気楽に野菜づくりなどに取り組みたい方に向いた方式とみられます。
④ 市民農園整備促進法による場合
相当規模の面積の農地に、開設者(農家等)自らが農機具収納施設、休憩施設、トイレ等の市民農園施設を設置する場合の方法です。農園の利用方式は、特定農地貸付方式による方法又は農園利用方式による方法のいずれでも可能です。郊外に施設と一体的に市民農園を整備する場合に適しています。
開設場所は、市街化区域と市民農園区域(市町村が市街化調整区域において、レクリエーション農園として整備すべき区域として指定したもの)です。開設には、開設者が農地の所在、施設の整備・運営に関する事項を記載した「市民農園整備運営計画」を作成し、市町村に申請し、認定を受ける必要があります。
農園の利用方式が、特定農地貸付方式による場合は、市町村との間で「貸付協定(前述①)」を締結する必要があります。
認定の効果として、利用方式が特定農地貸付による場合は、特定農地貸付法の承認があったものとみなされ、農地法の権利移動の許可は不要です。また、利用方式を問わず、認定計画に定められた市民農園施設について、農地転用の許可手続きが不要、都市計画法の開発許可が可能となるなどの特例の適用があります。
3.市民農園開設・運営の留意点
(1) 適切な開設方式を選択すること
利用方式毎の特徴、立地条件、ターゲットとする利用者層などを考慮し、適切な開設方式を選択する必要があります。
(2) 交通手段、住宅地からの距離
利用者確保のためには、住宅地からの距離、通作の交通手段などからみて、利用者が容易に到達できる場所を選定することが重要です。
(3) 周辺農用地への影響
周辺農用地の農業上の利用増進に支障を及ぼさない場所を選定する必要があります。
(4) 一区画当たりの面積、利用料金
利用の条件は、利用者との利用契約によって決まることになりますが、利用者のニーズ等を考慮し、ニーズに合う利用しやすい面積とすることが大切です。また、利用料金については、農園の円滑かつ有効な利用確保、提供するサービスの内容等に見合った適切な水準となるよう配慮する必要があります。
実績(農水省調)では、利用面積は1区画当たり50㎡未満のものが約8割、50㎡以上1,000㎡未満のものが約2割となっています。
また、日帰り型農園の利用料は、農園の施設の状況によって異なりますが、年間5,000円未満のものが約5割、5千円〜1万円未満のものが約3割となっています。なお、利用料が無料の農園もあります。
(5) 市民農園に伴う税の取扱い(注)
①相続税の納税猶予制度の適用を受けている農地を市民農園の開設者や利用者に貸すと、原則としては、納税猶予が打ち切られます。
ただし、平成30年度の税制改正により、生産緑地の農地について次の農園用地貸付け等を行ったときは、一定の要件の下、引き続き納税猶予を継続される特例が設けられました(特例の適用を受けるためには、貸付後、2月以内に所轄税務署に届け出る必要があります。)
ア 特定都市農地貸付の用に供するための貸付け
イ 自己所有の農地について特定農地貸付け
ウ 特定農地貸付の用に供するための地方公共団体及び農業協同組合への貸付け
エ 都市農地貸借法(認定を受けた事業計画に基づく貸付け)に基づく農園利用方式の市民農園の開設者への貸付け
②また、自己所有の農地について、農園利用方式で市民農園を開設する場合には、農地への権利の設定・移転を伴わないため、基本、納税猶予の期限は確定しません。
(注)相続税の納税猶予制度の適用などは、管轄の税務署が判断するため、税務署に事前に相談することが重要です。
4.市民農園をめぐる状況
(1)市民農園の設置状況
市民農園の状況は上表のとおりです。2021年3月末時点で全国には4,211件の市民農園があり、そのうち約9割が特定農地貸付法により、過半が地方公共団体により開設されたものです。この10年間の設置状況の推移を見ると、全国の農園数は3,811農園から、4,211農園へと400農園増加しています。これを主体別に見ると、地方公共団体及び農業協同組合による農園数が減少する中、農業者及び企業・NPO等による農園数がその減少を上回った増加を示しています。2005年の特定農地貸付法改正により地方公共団体及び農業協同組合以外の者による開設が可能となったこともあり、農業者等による開設はこの10年間で大幅に増加(63%増)し※、企業・NPO等の開設数も順調に増加(44%増)してきています。
農園利用方式による市民農園については、法律手続きによらないため、市民農園整備促進法に基づいたもの以外は、正確な数字は把握できていません※。練馬区発祥で、農園利用方式に分類される農業体験農園については、練馬区の農園主が中心に設立された東京都農業体験園主協会(2002年)の会員数は、2019年で134農園となっています。
※ 貸農園・体験農園等を実施している農業経営体数を農林業センサスで見ると、2005年から2010年にかけては、4,023戸から5,840戸と増加しましたが、2015年3,723戸、2020年、1,533戸と大幅に減少しています。この減少原因は良く分かりませんが、その一因には、総農家数の減少や高齢化の進展・後継者難等による小規模農家の事業からの撤退があるものとみられます。
(2)新型コロナウイルス感染症による影響と市民農園の今後
前述のように市民農園は順調に増加してきており、土とのふれあいを求める都市住民のニーズに応えつつ、農業者の農業所得向上に貢献していると見られます。新型コロナウイルス感染症による影響として、このコロナ禍で、様々な行動制限や在宅ワークの増加などもあり、新たに、家庭菜園や市民農園での野菜を育てることに興味を持つようになった人が増えたと言われています。
農業者による市民農園を含む貸農園・体験農園経営は 大都市周辺で農地の有効利用、収入確保を図る上で、今後とも重要です。一方、収益性の安定のためには様々な課題があります。高齢化が進む中での後継者の確保が重要であり、またポストコロナとして、新しい生活様式との共存も必要です。コロナ禍で野菜を育てることに興味を持つようになった技術・経験に乏しい利用者ニーズへ対応も欠かせません。
こうした中、今後、自助と共助(行政、JA等との連携確保)の組み合わせにより、経営・運営面の整備・充実、衛生管理、栽培指導等のサポート、情報発信等の適切な対応が進めば、農業者による市民農園の安定的な発展の可能性は大きいと期待されます。
当該コンテンツは、「一般社団法人 全国農業会議所」の分析に基づき作成されています。https://www.nca.or.jp/