シリーズ『気象情報を活かした強い農業経営』。「気象」の専門家であり、気象データの農業への高度利用を推進されている元ハレックス社長の越智さんが、地球温暖化や自然災害の多発といった大きな変化を前に、気象データを農業経営に活用する意義や今後の展望について解説します。
1.原産地の気候風土の再現
気象データ活用の意義
前回のコラムでは、気候と原産地との関係について紹介しました。日本のコメと同様、野菜も果樹も作物は、原産地では、基本、野生で自生していました (すなわち、放っておいても勝手に生育していました)。
したがって、原産地の気候風土を再現してあげさえすれば、日本でもそうした外来の野菜や果実が元気に育つわけです。このように、原産地の気候風土を再現するように気候や土壌といった自然環境を人為的にコントロールすること(ハウス栽培などはその一例です)、これが主に野菜や果樹といった外来の作物を栽培する本質なのではないかと私は考えています。
なかでも気象は、日々、さらには時々刻々と変化するもので、残念ながら現代の科学では人の手でどうにかなるものではありません。だからこそ、気象や気候に関する「現在の状態」や「今後の予測」にかかるデータをより高い精度で収集し、最大限活用することが重要なのです。
世界中の気候が散りばめられた日本列島
日本は豊かな自然に恵まれた国だと言われます。それはケッペンの気象区分にも見てとれます。
日本列島は北緯25度から45度に位置し、南北に細長い列島を形成しています。周囲を海で囲まれ、南からは暖流である黒潮(日本海流)、北からは寒流である親潮(千島海流)が流れ、列島の陸地の7割は山岳地帯となっています。また、列島の上空は偏西風の流路になっています。
このため、日本列島の大部分は温帯湿潤気候(温帯モンスーン気候)ですが、細かく見ると、寒帯、亜寒帯、温帯、熱帯まで幅広く分布しています。
言ってみれば、世界中の気候がこの狭い国土に散りばめられている国だということです。それは、世界中に原産地を持つ野菜や果実の栽培に適した場所が日本列島のどこかに存在することを意味します。
すなわち、世界中の野菜や果実が国内で栽培可能だということです。こんな気候的に恵まれた国は世界中を探しても、他にほとんどありません。
2.気候変動によって「適地」が変わっている
その豊かな自然に恵まれた日本の農業ですが、今、看過できない重大な自然環境の変化の危機に直面しています。温暖化に代表される地球規模での気候変動です。
気温をはじめとした気候の変化は植物を含む生態系に重大な影響を及ぼします。それまで野菜や果実の栽培に適した場所とされてきたところが、気がつけば栽培に不適な場所へと変わってしまっていたということも、十分にあり得ることです。
気候変動に関する国際的な専門家で作るIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)が2014年に出した第5次評価報告書は、今世紀末までの約100年間で世界の平均気温は最大4.8℃上昇すると指摘しています。
また、日本の気象庁も、日本の年平均気温は、様々な変動を繰り返しながら上昇しており、長期的には100年あたり1.21℃の割合で上昇しており、特に1990年代以降、高温となる年が頻出しているという観測結果を発表しています。
このような気温の上昇により、農業分野では、コメの品質が低下したり、ブドウやミカンなどの果実の色味が悪くなったりすることが予想されています。
前述のように、日本の農業は、気候帯が寒帯、亜寒帯、温帯、熱帯まで幅広く分布するという気候的特性を活用し、適地適作で特産品を生み出してきました。気候変動の影響で、その「適地」に変化が起こり始めているのです。
3.気候変動による作物栽培への影響の事例
ブランド米の適地の変化
「米どころ」にも変化が起こり始めています。温暖化により高温になると、モミの成長が速くなり、光合成を行う期間が短くなってコメがでんぷん不足になることで、「白未熟粒」という白濁が増え、 品質が低下し、価格が下落するといった事態を招く恐れがあるのです。
野菜・花卉における生育不良
野菜においては、施設栽培のナス、トマトの夏場の高温による着花・着果不良などの生育不良や着色不良などの発生、イチゴの花芽分化の遅れなどが問題となっています。
露地野菜でも収穫期の前進あるいは遅延、ホウレンソウなどの葉菜類の抽だい(茎が伸張・分枝する現象)の増加、レタスの結球不良などが指摘されています。
花卉においても生育期間の高温に起因する開花期の前進や遅延、奇形花や退色などの品質低下の影響が出てきています。
果実における品質低下
果実も大きな影響を受けます。一度植付けたら永年収穫が可能な永年性作物である果樹は、年間を通じて環境の影響を受け、また作地の移動が困難なために温暖化の影響を最も受けやすいとされています。
生産地の北上だけでなく、リンゴの日焼け、ミカンの浮き皮、サクランボの奇形、ブドウの色落ち、ナシの発芽不良といった品質低下が現在でも大きな問題になっています。
●農業分野における気候変動・地球温暖化対策について
(令和元年8月:農林水産省生産局農業環境対策課)
リンゴ栽培の適地の縮小
現在、長野県はリンゴの生産量が青森県に続く全国第2位で、リンゴの主要な生産県です。リンゴの生産は年平均気温が7℃〜13℃の冷涼で年降水量が少なく、昼夜に温度差が大きい地域が適しています。しかし、このまま温暖化が進み、冷涼な地域が少なくなっていくことが懸念されています。
●地球温暖化によるリンゴ栽培に適する年平均気温(7℃〜13℃)の分布の移動。
現在の値は1971年〜2000年の30年平均値。右は2060年代。
(出展:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)
ミカン栽培の適地の縮小
これは私の故郷・愛媛県の主要産品である柑橘も例外ではありません。
愛媛県の主要柑橘の温州ミカンですが、温州ミカンの栽培は年平均気温が15℃〜18℃で冬の最低気温が氷点下5℃以下にならないことが絶対条件です。さらにおいしいミカンを作るためには8月〜10月にかけての降水量が多過ぎず、日照時間が長いことが重要です。なかでも、年平均気温が16℃前後のところが最適地であるとされています。
ちょうど愛媛県の年平均気温がこれまでこの16℃前後でしたから、比較的温暖な気候の愛媛県は温州ミカンの全国屈指の生産量を誇る産地でした (これは和歌山県や静岡県も同様です)。
しかし、1990年代以降、年平均気温が17℃を超えることが増え(宇和島の2010年〜2015年の5年平均気温は17.16℃)、浮き皮などが起き、高齢化による生産農家の減少もあって、愛媛県の温州ミカンの収穫量は最盛期であった1972年(61万3,000トン)の2割以下(2018年の収穫量は11万3,500トン)にまで落ち込んでいます。
逆に、これまでは東北地方や関東地方では温州ミカンを生産することは難しかったのですが、このまま温暖化が進めばこれらの地方でも、もしかしたら温州ミカンの生産ができるようになるかもしれません。
●地球温暖化による温州ミカン栽培に適する年平均気温(15℃〜18℃)の分布の移動。
現在の値は1971年〜2000年の30年平均値。
(出展:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)
4.気候変動リスクをビジネスチャンスに!
こうした温暖化等地球規模の大きな気候変動の前には、環境のコントロールによる対処にも限界があります。
そこで、温暖化による被害を回避、軽減するための高温条件に適した新しい品種や技術の開発を進め、生産力を維持向上しようとすると取り組みが全国規模で積極的になされています。
実際、愛媛県における温州ミカンの主要産地である宇和島周辺の柑橘農家でも、生き残りを賭けて、従来の温州ミカンからより高温にも耐える品種である地中海のイタリア・シチリア島原産のブラッドオレンジへの栽培品種の転換が進んでいたりもします。
「適地適作」という言葉があります。適地適作とは、その土地の気候や土壌などの自然環境に最も適した作物を選んで栽培することです。
農業という産業の本質は、この適地適作の考え方をベースに、各作物の原産地に近い環境を管理(management)、制御(control)することと言えるのではないかと私は考えています。
また、温暖化をはじめ地球規模で大きな気候変動が進みつつある中にあっては、その適地適作や日々の管理(management)・制御(control)をするための気候や気象に関するより詳細で定量的なデータの活用が強く求められる時代になってきていると思っています。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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