アグリウェブの皆さん、こんにちは、公益財団法人 流通経済研究所の折笠です。
流通経済研究所は、昭和38年の設立以来、流通・マーケティング分野において広く社会に貢献することを目的に研究調査活動を展開しています。私はその中でも、小売業の購買履歴データ分析、農産物の流通・マーケティング、地域ブランド、買物困難者対策、地域流通といった領域を中心に取り組んでいます。
2022年12月現在、コロナ禍に続き、円安とロシアーウクライナ戦争の影響で、農業生産における肥料や農薬、資材の価格が軒並み高騰しています。政府の補助などもあるにはありますが、これらのコストアップは、生産原価の上昇にダイレクトにつながってきています。
農業経営の安定化をはかるためには、コストダウンに限界がある中、生産原価の上昇分を適切に価格転嫁する必要があります。
ここでは、適正な価格転嫁に向けた考え方を整理していきます。
いわば値上げのマーケティングです。
まず、ここでは「事業者向け」と「消費者向け」に分けて、「値上げ」を考えていきたいと思います。
事業者向けは、主に契約栽培なども含む小売店や飲食店、加工業者といった取引先との商談における値上げ方法です。消費者向けは、直接消費者に販売する場合、あるいは一般的に価格を上げる方法として論じます。
事業者向けの値上げ方法
事業者との価格交渉にとって最も重要なのは、当然ながら「相手」です。この相手となる取引先(あるいはそのバイヤー)のスタンスとして「値上げするなら絶対買わない」といった態度であるのであれば、取引をやめることをお勧めします。コストダウンなどで対応できるのであれば問題ありませんが、価格転嫁をせざるを得ない状況において、相手に対し、借金などがある場合を除いて、わざわざ自社の経営を悪化させてまで付き合う必要はありません。すぐに取引をやめることが難しいこともあるでしょうが、他の売り先を見つける努力を行い、価格交渉の余地がある、あるいはもっと高く買ってもらえる相手を探す方が建設的なのは間違いありません。
当然、交渉のなかでは丁寧に販売価格が上がってしまう要因(生産原価の向上)については説明し、今の価格では将来、行き詰まってしまうことを説明する必要がありますが、それを理解する顧客でなければ、その交渉は意味をなさないのです。
よって、値上げのための第一歩は、「取引先の見直し」ということになります。今の顧客に対する値上げだけを考えるのは難しいのです。価格転嫁で大切なのは、既存顧客への販売価格の向上ではなく、自社の利益率の維持・向上なのです。
とはいえ、価格転嫁方法として「販売先を変えましょう」というだけでは芸がありません。
そこで考えたいのは粗利MIXという考え方です。
食品スーパーなどでは、安い商品、高い商品と様々ありますが、すべての商品に対し、一律に利益率を設定するのではなく、利益率の低い商品を集客用、利益率の高い商品を利益を稼ぐ用と位置づけ、商品カテゴリー全体で目標となる利益率を目指します。農業経営でも同様に、すべての商品を一律に考えるのではなく、強弱をつけたうえでトータルで利益率を高めることを目指しましょう。
ここで、先ほどの取引先の見直しが効いてきます。経営全体で考えた場合、「高く買ってくれる顧客には高く販売し、それなりの価格でしか購入してくれない顧客には、それなりの価格で販売する」ことが大切です。同じ商品でも、同じ価格で販売する必要はないのです。
よって、農産物の場合は、生産した農産物の品質・グレードや顧客のニーズに合わせて、よりきめ細やかに価格設定をしていくことで、トータルの粗利率を改善していくことを考えましょう。
この図は、ある農産物の生産量を1000としたときの、価格と売上のシミュレーション図です。
現在、右側の図のように、できた農産物のうち上位25%の「とても良い」としたものを20の価格で販売し、「良い」とした残りを10で販売したとすると、合計の売上は12,500となります。
これを品質別にグレードをもっと細かく設定し、それぞれに販路を設けたとします。既存の取引先への出荷量は20で買う先へは250⇒150に、10で買う先へは750⇒250となってしまいますが、最も良い上位10%の農産物は25で買ってくれる先へ販売、今まで「良い」として売っていたもののうち、より良いものは15で買ってくれる先へ販売することで、「良い」の中でも裾ものを、今までよりも安い8で販売したとしても売上は13,400となり、7.2%の価格向上と同じ効果となります。もしも、「ふつう」に裾えた300を8の単価ではなく、既存の販売先に10で販売した場合は、合計売上は14,000となり、10で買う先への販売量は750⇒550となります。
今回は、単純に品質によってグレードを細かく分け、高く買ってくれる先へは高く売る、という形でシミュレートしましたが、この考え方は同じ商品のグレードを分けるだけではなく、農地活用の視点でとらえれば、契約栽培などの耕作面積の割り振りでも同じことが言えます。
このような視点で考えると、価格の検討においては、販売先の見直しとセットで考える重要性が理解できると思います。
消費者への値上げ方法
前提として、同じ商品にもかかわらず、価格を上げることは困難であるということが言えます。もちろん、値上げの理由を丁寧に説明し、通告をして値上げすることはできますし、よく取られる手段として、価格は変えずに容量を減らすことで値上げする方法(例えば150gのパックを130gにするなど)はあります。これらは、有効な価格転嫁手法ではありますが、どうしても少なからず、売上減少とセットになってしまいます。
今回は、もう少し大きな視点で、「消費者に価格がちょっと高いものを買ってもらう」視点で考えたいと思います。
消費者のニーズには、大きく3つのニーズがあります。
心理学で言われるマズローの欲求(ぜひ、調べてみてください)に近い考え方なのですが、
(1)生きていくために必要なニーズ(食べる、安全なものが欲しい)といった基本的なニーズ
(2)社会との関係のなかで自分の欲求を満たすための社会的なニーズ(社会に認められたい、人と仲良くしたい)
(3)自己実現や自己表現といった自分としての満足感を得るための個人的なニーズです。
このうち、基本的なニーズを満たすものについては、人は、あまり調べたり、こだわったり、学習したりしないのです。そして、そういったニーズを満たすために購入するものは「安ければ良い」ということになります。
一方で、自己実現・表現につながるものについては、調べたり、こだわったり、学習したりします。そういった商品については、高くても価値を評価して購入するのです。
さらに、社会的なニーズ、個人的なニーズは人によって異なります。
例をあげて説明しましょう。例えば、防寒着が欲しい人がいたとします。特にファッションに興味がない人は、生きるために防寒着を買うわけですが、暖かければ良いということで暖かそうなもので、できるだけ安価なものを選ぶでしょう。そして、ファッションを仕事にしている人の場合、職場の人など、社会的に周りから見られることを前提に、「センスいいね」と一目おかれるような商品を「こだわって」選ぶでしょう。さらに、ファッションの仕事はしていないけれど、服がとても好きな人の場合、デザインや縫製などにこだわって、自分好みのものを探して、価格が多少高くても購入すると思われます。
農産物も同じです。いわゆる「普通の」商品の場合、基本的なニーズを満たす商品として消費者は見ます。そのため、価格も商品選定の最も重要な要素の1つになります。一方で、「こだわった」商品の場合、社会的なニーズや個人的なニーズを満たす商品となり、商品制定の要素のなかで、価格の位置づけが下がるのです。
つまるところ、価値観の合う消費者をターゲットとして、「差別化」を行うことで価格の高い商品を売ることができるようになります。消費者のターゲティングと、その消費者に合わせた差別化、訴求が重要になるという意味では、純粋なマーケティングと言えます。何もせずに、今までと同じ商品を高く売ることは困難です。商品の良さを理解してくれる顧客に伝達する必要があるのです。このあたりにSNSやWEBなどの活用の余地があります。
また、最近の消費者は、単純に価格で商品を選ぶよりも、いわゆる「コスパ」を重視する傾向があります。ユニクロのヒートテックなどは決して安価ではありませんが、機能性が優れているために、とてもよく売れています。このコスパを式で表すと以下の通りとなります。
顧客の感じる利益(≒買い物の満足感)は、商品の価値÷価格なのです。パフォーマンス÷価格、これがコスパです。値引きで商品が売れるのは、分母である価格を下げることで顧客の感じる利益が大きくなるためです。
コスパに注目すると、値引きしなくても、分子である価値を高めれば、顧客の感じる利益を上げることができることに気づくはずです。商品の良さ、価値をしっかり伝達すれば、コスパが良くなり、消費者に支持されるのです。ターゲットとした消費者に、しっかりと社会的ニーズや個人的ニーズに訴えかける価値を伝達することが、「高く売る」コツとなります。なお、こうした価値の伝達には、WEBなどは非常に効果的です。ECサイトなどで商品を選ぶとき、WEBサイトであれば比較的、文章を読んでくれるためです。ターゲット顧客にアプローチできるメディアをしっかりと考えましょう。
以上、今回は価格向上、価格転嫁に向けて事業者向け、消費者向けに考え方を整理しました。
価格については、今後も手法や考え方を色々と示していきたいと思います。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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